【エル・グレコ】を褒める

<時代を先取りしすぎた神秘主義で賛否を巻き起こした異色の画家>

「エル・グレコ」って“スペイン人”って意味なんですよね。これを初めて聞いた学生の頃は「そんなんでいいの」と思わずにはいられませんでした。だって、もし私がその立場だったら「日本人」「ジャパニーズ」って名前ってことでしょう、それはちょっとね(^_^;) 本名は「ドメニコス・テオトコプーロス」なんだか言いづらい名前なんですけど、実はそれは彼が活躍したスペイン人にとっても同じだったようで、「エル・グレコ」って呼ばれるようになったんだそうです。ただ、自身はギリシア人であることにこだわりを持っていたようなので、それはそれで良かったのかもしれませんね。あと、この人とっても教養人で本読みさんだったらしい。今なら読書垢の民だったのかも。

いきなりの脱線ですみませんでした。先日大塚国際美術館に再び行ってきたのですが、数ある作品の中でもエル・グレコだけは特別扱いなのか入館してすぐの奥の部屋が全てエル・グレコゾーンでした。日本でも根強い人気を誇るエル・グレコですがどんな魅力があるのでしょう。一言で言うと彼は時代を先取りしすぎた異色の画家さんで、当時としては前衛的でもある作風で賛否両論巻き起こした方でした。ギリシアに生まれ、イタリアはヴェネツィアにわたって修行をしたエル・グレコはティツィアーノを師と仰ぎ宗教画家として自身を売り込み始めます。けれども当初はなかなか理解されなかったエル・グレコ。そこにはある理由がありました。師であるティツィアーノの美しい描写と違い、エル・グレコの描く作品はデフォルメの効いた少し奇をてらったものだったからです。さらには「色使いに統一性がない」「フォルムが歪んでいる」「モチーフを愚弄している」などなど批判が先行し、ローマやスペインでの売り込みに失敗。そんな中、トレドからエル・グレコにお声がかかります。聖書におけるヨハネの黙示録の世界は、現実とはかけ離れたもので現実世界では全く表現できないような物語が描かれているようなのですが、その世界観を映し出すのに、エル・グレコはうってつけの人物だったのです。こうしてトレドに迎え入れられたエル・グレコはトレドの教会から制作依頼を受け、それはそれは幸せな暮らしを送りましたとさ、おしまい。

いやいや、これではエル・グレコを全く褒められてませんね、すみません。褒める前にエピソードをもう少し深掘りしましょう。エル・グレコはこのまま贅沢な人生を謳歌することができたのですが、死後、彼の評価は凋落してしまいます。一旦は彼を受け入れたトレドの街も次第に彼の作品を酷評。時代はルーベンスやカラヴァッジオらドラマチックで見事な画風を武器にしたバロックが流行し、エル・グレコのぐにゃりと曲がった作品はそれらと比較して評価を下げたのかもしれません。こうして、ルネサンスでもなくバロックでもなく、この時代の異端的扱いとされたエル・グレコは時代の波に乗れず美術史から消えてしまったのでした。ただそれはエル・グレコの死後の話ですから直接的には問題なかったかもしれません。私の褒めたいポイントは実はこの美術史から消えたところにあります。

ちょっと待って、消えてませんよね。今こうして、私記事を書いてますよね。そう、エル・グレコは時代を越えて後世再評価されることになるのです。どこにも分類されなかった彼の作風は、セザンヌ、ピカソによって日の目を浴びるのです。すでにセザンヌ、ピカソについては記事にしていますし、皆さんも多くの作品を目にしていることでしょう。よく見てください。エル・グレコの作風と彼らの作風はとても酷似していませんか。それどころか後世の画家に繋がったというレベルではなく「私達のはるか先を行っている」とまで言わしめているのです。ここまで来るとエル・グレコは現代美術という分類に入ってくるのかという話ですよ。これは凄い事だと思います。

そもそもエル・グレコの批判された歪みや色使いは簡単なアプローチで描かれたものだったのでしょうか。もちろん違うのです。その歪みは計算づくのものであり、彼のクセによるものでもないことは、彼の正確無比な肖像画を見れば一目瞭然です。彼は正しい絵を描けたのです。このあたりピカソと同じです。そして統一性がないという色使いについてもミケランジェロの最後の審判に対するオマージュ的な流れと当時流行していたブロンズィーノの色使いの融合と見れば、これまたピカソが長所を摘み取り、多くの統一性の無い作品を編み出したのとよく似ています。トレドの教会が望んだ黙示録の世界という無形の世界を表現するために、エル・グレコはあえて現実世界の約束事を捨て去り、神秘世界の追求すなわち神秘主義の強調を作風にこめたのではないでしょうか。そうした深い狙いがなければ後世でこれほど再評価されることはありませんでした。逆にそのことが合理的な感性を持つ人たちから忌み嫌われてしまったのでしょうね。

 

おすすめ10選

(画像は大塚国際美術館の陶板より)

『オルガス伯の埋葬』

『三位一体』

『聖アンデレと聖フランチェスコ』

『聖家族と聖アンナ』

『聖母被昇天』

『聖衣剥奪』

『磔刑』

『羊飼いの礼拝』

『ラオコーン』

『福音書記者ヨハネの幻視:黙示録の第5の封印』