【青木繁】を褒める

《理想と現実の狭間を描いた幻想の夭折画家》

青木繁の名前は世間的な知名度はあまり高くないのかもしれません。もちろん好きな方にとっては特別な響きのある名前ではあるのですが、「青木繁?誰?」という方も多いかと思い、なかなか記事に取り上げられなかったのです。ところがこの記事を書いている10日くらい前にアーティゾン美術館にて「生誕140年ふたつの旅 青木繁×坂本繁二郎」展が開催されました。結構なプロモーションもあり、書くなら今しかないと思ったこともあり、今回褒め記事にすることを決意しました。加えて、坂本繁二郎も青木繁と同じく、「書きたいけれど知名度が・・・」なんて思っていたので、次回は繁二郎も取り上げて褒めてみようと思っています。

と言っても私もお二人について詳しいわけではありません。むしろ彼らの一部しか知らないというのが本当のところです。けれども青木繁との出会いは強烈なものでした。『日本武尊(やまとたけるのみこと)』という作品に心を奪われました。文字通り心を奪われました。見た瞬間鳥肌が立ったのを覚えています。何が私を揺さぶったかって、青木のタッチとテーマです。マネのタッチを見た時と同じくらいの驚き・感動を覚えました。そしてその作品名を見た時に「やまとたけるのみこと」という有名すぎる日本神話がモチーフとなっていたことにも驚きました。まるでジャンヌダルクを描いたかと見間違うくらいの西洋のテイスト。作品において和洋折衷がなされているかのように思え、俄然、青木繁に興味を持ったのです。そして調べて辿り着いた『海の幸』。「あれ?この絵、知ってる、美術の教科書で見た!」

 

こうして作品を通して画家に興味を持つという、美術の知識をある程度得てからは体験することのできなかった、初期の感動を青木で味わうことができたのです。そしてショッキングなわずか28歳という若さでその生涯を閉じた事。私の心に深く刻まれることになったのも当然のことと言えるのです。以前、紹介した佐伯祐三も早逝の画家さんでしたが、スーラやラファエロなど特別な才能を持った芸術家たちはその時間を惜しむかのように、通常では考えられないスピードで成長・進化・変化を遂げています。

久留米の没落した武家に生まれた青木は、決められた人生に反発するかのように、早くから芸術で身を立てることを目指します。青木は生涯、枠にはめられた生き方を嫌ったのではないでしょうか。それこそ自身の命の長さがそう長くはないことを知っていたかのようです。やがて洋画家・森三美の目にとまった青木は久留米の同郷であった坂本繁二郎と共に美術を学びます。当初は親の反対もあったようですが、青木の凄いところは、反対されたまま飛び出したり、親の管理が解けるまで待ったわけではなく、きちんと筋を通し親を説得したところにあります。これも後から考えると「待つ」なんてできない生涯だったのですね。晴れて東京美術学校西洋画科選科に入学し、あの黒田清輝に学ぶこととなったのです。しかしながら大家・黒田清輝に臆するような青木ではありません。その指導に納得できないことがあると、真っ向から反発したというエピソードも残っているというからあっぱれですね。そして自分の追い求める画風を確立するため、2年生のとき繁二郎らとスケッチ旅行に出て、多くのスケッチを描きます。ここで青木は素早い筆の動きを修得し、対象の独特な捉え方を身につけるのです。

この手法を武器に挑んだテーマは神話の世界。古事記や日本書紀、西欧の神話も含めて幅広くモチーフとしたのでした。しかも、それら神話の世界を、現実の世界と見間違うほどにリアルに描いたのです。それが「日本武尊」の神話のようでどこかしらジャンヌダルクに見えるというところではないでしょうか。実際、時は明治浪漫主義の時代。アールヌーヴォーへの関心が大いに高まりつつありました。青木の画風はそんな時代の要求にも見事に答え、画家としての絶頂を迎えることになりました。私生活でも家庭を持ち人生の絶頂とも言えたかもしれません。彼の傑作とも言える「わだつみのいろこの宮」は幻想と現実の世界を見事に融合させ、ルネサンス美術を思わせる三角図法を用い、安定した構図をもって青木自身も並々ならぬ意識と意気込みを吹き込んだ作品となりました。

ところが皮肉にも人生の暗転はこの作品から始まってしまうのです。この「わだつみのいろこの宮」はコンクールにおいて末席に沈み、青木の心をへし折ってしまいます。またこの後も数々の作品が出品監査でことごとくはねられてしまい、青木の心も病んでいくのです。やがて妻の実家に身を寄せたり、放浪生活せざるを得なくなるほど経済的貧困に陥り、青木はついに地元の久留米へと戻り、二度と上京することはなかったのです。その後も父が亡くなり、ますます精神をむしばまれた青木は家族とも衝突。しまいには家族と離れ、一人孤独な放浪の旅に出るのでした。その後も続く落選の連続。私にはどうして「わだつみのいろこの宮」が低評価だったのか、それ以降の作品が評価されなかったのかわかりません。持病の肺結核の悪化が原因だったのかもしれません。

ただ青木繁は死の間際まで作品は描き続けており、家族と離れ、世の評価も得られず、体が万全ではない中でも創作活動をやめなかったのは、短い生涯をしっかり生き抜いた彼の一生懸命さの証だったのではないでしょうか。

 

おすすめ10選

『日本武尊(やまとたけるのみこと)』

『わだつみのいろこの宮』

『温泉』

 

『暁の祈り』

 

『天平時代』

 

『大穴牟知命(おおなむちのみこと)』

 

『天草風景』

 

『黄泉比良坂(よもつひらさか)』

 

『水浴』

 

『夕焼けの海』