【ムンク】を褒める

2021年9月16日

《精神世界を独特の表現で描いた魂の解剖医》

ムンクと言えば『叫び』ですね。でもこれ、叫んでるんじゃないんですよ、叫ばれているんですよ。叫んでいるのは雲で、その雲の赤さは本当の血の赤さで恐怖を表しているんです。絵の主人公はその恐怖の叫びから耳を塞いで怯えているんです。って最近ではこのエピソードも有名になりつつありますかね(^_^;)

ムンクの絵は象徴主義を取りますので、通常であれば抽象的で解釈が困難なはずなのですが、彼の絵はとても「わかりやすい!」 そう、わかりやす過ぎるのです。だからこそ多くの人が彼の絵(と言っても多くは「叫び」なんでしょうけれど)を受け入れられているのでしょう。そうテーマは、不安・苦悩・恐怖といった負の感情の表現に他なりません。深読みする必要はないと思います、そのままです。

何故彼がこのような絵を描くようになったかというのは、彼の悲しい少年時代にあります。若くして母と姉を失い心に大きな傷を抱えたムンクは閉所恐怖症やアルコール中毒となり、しまいには神経症で倒れてしまいます。しかしながらこれについてムンク自身は「私の芸術の中には病気のおかげを被っている部分がたくさんある」と語っており、これらの発言からも、不安や苦悩を題材に作品を制作していたことがうかがえます。

元々は印象派絵画に進もうとしたムンク。彼の最初の代表作「病める子」はその作風があきらかに印象派寄りと言えるでしょう。しかしながらムンクはその後、より精神世界を描くために象徴主義に傾倒していきます。印象派絵画が自然や人物の情景を捉えるのに使われた手法だっただけに、ムンクの表現したい世界に適していなかったのかもしれません。その象徴主義作品について、彼はドイツで手厳しい評価を受けます。ベルリンで開かれた個展に出品されたムンクの作品は「出来損ないの絵」「芸術とは全く無縁のもの」と酷評され、世間に悪名を轟かせてしまったのです。ただ、当時のムンクはそのことを面白がっていたとも伝えられ、ここから彼の創作は精力的になっていきます。

ムンクは精神世界を描くために「生命のフリーズ」構想というものを掲げ、“生”“愛”“死”について連作で表現しようとしたのです。“生”→生命の息吹、“愛”→性のほとばしり、“死”→活動の終焉、を一つの絵の中に表現すると同時に、あらゆる感情をテーマとして作品を残しました。その最初の作品こそが、「叫び」なのです。ムンクは後に「ダヴィンチが人体解剖を学び死体を切り裂いたように、私は魂を切り裂こう」と述べています。なお「叫び」が発表された隣には「不安」が並べられていました。「生命のフリーズ」構想における作品はこの二つの他にも「嫉妬」「生命のダンス」「マドンナ」「吸血鬼」などがあげられます。

私はムンクの切り開いたこの独自路線に惜しみない賛美を送りたいと思っています。当時の主流となった印象派に自身で見切りをつけ、誰も扱わなかった精神世界の具現化という驚くべき挑戦をムンクは早々と行っているのです。そして、彼以前も彼以降もこの世界観を構築する画家はあらわれませんでした。さらに褒めるべき点として、この世界観の土台が彼の幼い頃のトラウマにあるという点です。彼は心が弱かったのか、見方によっては強かったと言えるかもしれませんね。そして前衛的とも言えるその作風は今現在に至るまで人の心を掴んで離さないのは驚き以外の何物でもありません。

ムンクの作風で特徴的なのはその奇怪な色使いではないでしょうか。何故そのような色使いであるかは、ムンクの精神世界の色付けであるというのが答えでしょう。人間の感情の表現を色で表したのです。ほら、冒頭にあったように「雲の叫び」に対する恐怖は「赤」で示されたのです。そして不安は「うねり」で示されました。このあたりゴッホの「渦」とは違いますね。

しかしながら、恋人でありモデルでもあったトゥーラ・ラーセンによりムンクの人生は暗転していきます。メンヘラさんだったラーセンはムンクを深く愛するあまり、銃で自殺するとムンクに詰め寄ります。それを止めようと揉み合う中、銃が暴発してムンクの指を一本吹き飛ばしてしまいます。このことにより二人は破局、そしてムンクはこれ以降、生涯恋愛をすることはありませんでした。

こうして作品を描くたびに指の痛みと闘わないといけなくなったムンクは酒に溺れ、そして世間の酷評についに神経を苛まされ、神経症を患い療養生活に入ることになります。結局「生命のフリーズ」構想は完成を迎えることはありませんでしたが、療養後の彼は現実に目を向け、風景画や虐げられていた労働者などをモチーフに作品を残しています。

おすすめ10選

『生命のダンス』
『叫び』
『不安』
『桟橋の上の少女たち』
『安楽椅子のそばの裸婦』
『思春期』
『病める子』
『孤独な人たち』
『嫉妬』
『家路につく労働者』