【『星落ちて、なお』澤田瞳子】を褒める

2021年8月14日

読了後の感想(3分で読めるよ)






原田マハさんが西洋絵画を扱った作品の名手なら澤田瞳子さんは日本絵画を扱った作品の名手となるのかもしれませんね。以前、「若冲」を読んだときにも思ったのですが、とても入念に情報収集されており、その時代の絵師たちの作風や拘り、考え方などが良く伝わってきて面白かったです。直木賞受賞作となった今作では奇怪な作品を多く残した河鍋暁斎の家族(といってもそれぞれが優れた絵師として名を残しているのですが、私はその事までは存じ上げませんでした)を中心に描いています。河鍋暁斎と言えば、これまた奇怪な作品で高名な歌川国芳の流れを組み妖怪の絵などで知られるのですが、その息子の周三郎(暁雲)その娘のとよ(暁翠)らはそれぞれ、別の作風を持つこともこの物語で知りました。普段は美術の褒め記事で取り扱うような内容ですが、今回は読了記事なので、美術視点はこれくらいにしておきましょう。

さて物語は娘のとよが主人公となって暁斎が亡くなってからを描きます。そりの合わない周三郎ですが、絵師としての実力は本物で、とよは忸怩たる思いを持つようです。今作の最大の見所はこの主人公とよが様々な思いを抱きながら、人生の歩みとともに成長していくところではないでしょうか。高名な絵師の娘だからこその苦しみ、絵師としての矜持、葛藤。妻として母としての立ち位置と暁斎の娘として絵師としての立ち位置の狭間で悩み苦しみ続けます。ストーリーとしての幹はありませんが、とよの一代記としての幹がしっかりと立っている作品なのです。

この作品にはこの二人以外にもとりまく多くの登場人物が、彼らに多大な影響を与えていくことがわかります。面白いのはその登場人物自身だけでなく、彼らの伴侶や弟子、子供に至るまで、活躍するのです。言い方はおかしいかもしれませんが、効率よく主人公一家に絡んでいきます。あまりにコンパクトにまとめられており、読後、振り返るととりまく関係者の数に少し驚いてしまいました。そしてこのとよという女性、どうにも同性との相性がよくないようで、結構バチバチな関係になってしまうのも作品の良いアクセントになっていましたね。

最終的にオチらしい結末は無く、とよ自身の考え方がある程度まとまる形でしかないのですが、実はその落とし方の上手さは直木賞受賞にふさわしいものだったのではないでしょうか。

簡易レビュー

読みやすさ ★★★★

面 白 さ ★★★★

上 手 さ ★★★★★

世 界 観 ★★★★

オススメ度 ★★★★