【『悪の芽』貫井徳郎】を褒める

2021年6月19日

読了後の感想(過去の読了分:3分で読めるよ)




貫井徳郎さんは私の好きな作家さんの一人で、いつもとても重いテーマで我々に問題提起をしてくれる方です。奥様は同じ作家で「ささらさや」「ななつのこ」で有名な加納朋子さんですね。加納さんは2010年に急性白血病になり、一時命の危険にさらされたこともありましたが、貫井さんの懸命な介護もあり闘病生活を乗り越えられました。

さて、毎回、殺人事件や少年犯罪などを扱い、その苦悩を映し出す貫井さんは本作でも同様でした。アニコン会場に火炎瓶を投げつけ8人の命が失われるという衝撃的な事件で幕はあがります。おそらく京都アニメーション放火事件をモチーフにしたのでしょうね。「果たして誰が悪いのか」いやいや、犯人が悪いに決まっているでしょうと言わせないのが貫井さんの貫井さんたる所以です。事件の犯人は小学校時代、酷いいじめを受けていたのでした。「細菌扱い」されていたという過去を持つ男の犯罪。これに反応したのは当時、犯人を苛めていた同級生たちです。気弱ながら、犯人が苛められるきっかけを作ってしまった男の恐れ、後悔。そしてリーダー格として積極的に犯人を苛めていた男の考え方、開き直り。それぞれ考え方は違います。本作ではそれらの登場人物たちに目線を次々に移し、当事者目線で事件や犯人を見つめる手法がとられています。なるほど、それぞれの考え方があり、お互いに考えていることは違うわけですね。作品は私たちに一体どの部分を見るべきなのか、どの部分を考えるべきなのかを問いかけています。そういう意味ではこの作品を読んだ感想もそれぞれ違うと言えるでしょう。

残念ながら実際の事件でもこの作品の中での事件でも動機についてはよくわかりません(そんなものかもしれませんね)。説得力に欠けるところがあるように思えるかもしれません。けれども最後のある言葉で私はそんなことはどうでもよくなりました。すなわち「善の芽」。タイトルにあるのは「悪の芽」。些細な悪いことでもそのことがきっかけとなって大きな悪へと広がってしまう。逆に些細な良いことでもそのことがきっかけとなって大きな善へとつながりもする、と言うことです。

私は“褒め屋”として“褒め活”を行っていますが、実は背景にはこのような考え方があります。そしてそのきっかけを作ってくれたのも貫井さんの作品で『乱反射』でした。今作ととてもよく似ている作品です。悪いことは歪みとなって波のように大きくなっていきます。その動きをせき止め、善なる波を作りたい、そのように考えています。

簡易レビュー

読みやすさ ★★★★

面 白 さ ★★★★

上 手 さ ★★★★

世 界 観 ★★★★

オススメ度 ★★★★★