【『仮面』伊岡瞬】を褒める

2021年9月16日

読了後の感想(3分で読めるよ)

伊岡さん、初読みだったんだけど、ちょっと私興奮しています。これは本当に力量のある作家さんだと思えて嬉しくなっています。こういう出会いがあるからやめられません。『代償』『本性』も読まないといけませんね。こんなに骨太の小説を描ける人って段々少なくなっているような気がします。この作品自体は実は完璧ではないと思います。設定が粗削りだったり、伏線とのつながりが弱かったり、動機もそれほど強くは感じなかったりと、事件やミステリの部分に焦点をあててしまうと、もっと秀逸な作品は他にもあるのかもしれません。けれども、そんなこと気になりません。むしろそのような瑕疵が見られてもなお、これほど面白いのですから。要はストーリーとしての幹がしっかりしている、そして心理描写がとても長けている、さらには展開に持ち込むことが自然にできているのでしょう。いわゆるストーリーテラーという才能をしっかりとお持ちなんだと思います。例えば東野圭吾さんの名作『秘密』だって、あの設定そのものはのっけからおかしいですもんね。SFとするから成り立つわけですが、その説明は一切されていません。けれどもそれに文句を言う読者にはあまり出会ったことはありません。あの親子愛、切ない心情が焦点となっており、感動に持ち込むまでのストーリーが完璧なだけに設定の甘さや突飛さを大きく超えてくるのでしょう。

今作、仮面では表に出てくるスマートな評論家の裏の顔を暴くという、ベタな触れ込みです。そしてこれ自体に驚きは全くありません。また連続する主婦の失踪事件の真相はそんなにひねりは効いていませんし説得力も不足しています。さらに警察組織における理不尽さの描写や描かれている環境の理由もちょっと無理があるというか、他の警察小説に比類するほどのものではありません。けれどもスケールで言うと吉田修一さんの『悪人』のような大きさを感じました。奥田英朗さんの作品にも似てるし、また問題提起で言うと貫井徳郎さんや薬丸岳さんの作品ような深さを感じました。

私は今回、本当に“伊岡瞬”さんという作家さんに大いなる可能性を感じ、この満点とは言えない作品を皮切りに他の作品に目を向けることが決意できました。伊岡さんのファンの方からは「何をいまさら気づいてんだよ」とお叱りの声も受けそうですね。本当に楽しみです。

簡易レビュー

読みやすさ ★★★★★

面 白 さ ★★★★★

上 手 さ ★★★★

世 界 観 ★★★★★

オススメ度 ★★★★★