【『ミュゲ書房』伊藤調】を褒める

2021年6月19日

読了後の感想(過去の読了分:3分で読めるよ)




まず最初に、このような好感の持てる作品を世に出してくれた伊藤調先生に感謝を述べたいですね。ストレートで純粋で最初から最後まで気持ちよく安心して読める作品はそうそうありません。聞けば、これがデビュー作、今後がとても楽しみな作家さんが登場いたしました。

分類するならば“お仕事小説“となるのでしょうか。出版業界の裏事情まで詳しく描写されており、業界のことについて理解が深まります。数年前に石原さとみさんがやっていたドラマ「校閲ガール」に似た雰囲気を持つ作品でした。けれども作品の価値はそこにとどまりません。荒削りながらとても面白いストーリー展開、個性をひきたてるキャラクター設定。実はどれも少しベタなところがあって、なんだか“鼻につきそう”な感じも出そうなものですが・・・不思議ですね、これが全く気にならない。むしろ新人作家らしい思い切りの良さとして好意的に受け止められるから不思議です。

この物語の主人公は、過去に期待の新人作家を会社の事情、世間の事情を盾に潰してしまったという背景を持ちます。結果、希望も情熱も失った主人公は出版社をやめて母の地元である北海道で書店を任されることになるのですが、そこに渦巻く人間模様に巻き込まれていくことに。バイトの高校生や市長・副市長までが入り乱れて、それぞれの思いが交錯するのです。このあたりの描写は見事で、前述のベタなところを補ってあまりある心情描写がなされているのです。主人公は理想と現実の狭間に悩まされながらも納得のいく選択をし、前を向いてすすんでいきます。一度は厳しい現実の前に暗雲たちこめたものの、その後は大逆転の奇跡的な結末へと駆け抜けていきます。

この作品を読んで、非現実的に思えたのも束の間、私の脳裏によぎったのは森絵都さんの名作「カラフル」でした。児童文学として登場したこの作品も数年のうちに口コミで広がり一気に有名になったことが、作品にも伊藤先生にも重なりました。後に森絵都さんは本格的な小説家として活躍を見せることになりますが、伊藤先生にもそのような未来が待っているのではないかと思います。同時に作中の主人公の再生が描かれ、再び熱意を取り戻していくというストーリーが、混沌とするこのコロナ禍の中で、我々自身の再生と熱意に対するエールのようにも思えました。

完璧ということではないかもしれませんが、オススメしたい作品であることは間違いありません。こんなに煌めいた目映いばかりの作品を読まない手はありませんよ。キラッキラです!

簡易レビュー

読みやすさ ★★★★★★

面 白 さ ★★★★★

上 手 さ ★★★★

世 界 観 ★★★★

オススメ度 ★★★★★★