【『雪のなまえ』村山由佳】を褒める

2021年6月19日

読了後の感想(過去の読了分:4分で読めるよ)




村山由佳さんの作品は若い頃の「おいしいコーヒー」シリーズや「天使」シリーズなどのライトノベルの時代から、めきめきと力をつけた「翼」「すべての雲は銀の・・・」そして直木賞受賞作品「星々の舟」あたりの成熟期、そして官能的な作風で話題をかっさらった「ダブル・ファンタジー」や「放蕩記」などずっと読ませていただきました。ずいぶんと作風を変えた作家さんだと思いますが、今回の「雪のなまえ」はこれまでのすべての集大成のように私には感じました。もしかすると単体で読まれた方には物足りないのかもしれませんが、私にはとても感慨深い作品となりました。

扱っているテーマは心の再生となるでしょうか。題材はよくある設定で東京の学校に通う主人公がいじめを受け心に深い傷を負って不登校となってしまうというものなのですが、そこからの展開はありきたりとは言えません。ちょうど父親も地元に戻って実家の農業を継ごうということになり、田舎に居場所探しをすることになるのですが、これが一筋縄ではいかないのです。一見、殺伐とした都会暮らしに比べて田舎は温かみのある優しい場所として扱われるのかと思いきや、田舎ならではのしきたりや仲間意識、よそ者を受け入れない文化に主人公も父も相当苦戦させられるのです。時には東京に居たときと同じように傷つけられてしまうのです。

一方、父親もまた再生を図っていることがわかります。都会の会社勤めを退職し、夢の田舎暮らしを目指すものの、妻の理解を得られず、地元でも反発をくらってしまいます。そんな中、あきらめることなく道を切り開いていくその姿は、次第に周囲の心を動かし、娘の心を動かし、妻の心も動かしていくことになります。不器用だけれども、答えはこれしかないのではと思わせる展開でした。

この物語は逃げのようで逃げではない。あるいは、逃げとするのなら、逃げたっていい。そのように受け止められました。ストレス社会において心の病は社会問題となりつつあります。あまりに生真面目にこの家族を責め立ててしまったら、今作における結末はなかったでしょうし、読んでいても辛いばかりでした。人間関係によって傷つくことももちろんありますが、人間関係によって救われることもまた事実です。心の再生には、ゆっくりとやさしく、それでいて甘くはなく、自らが立ち直る、という課程が必要だと思うのです。

そうしてタイトルを見たとき「雪」とはよく言ったもので、主人公の名前が「雪乃」なのですが、もっと深読みができます。心の寂しさを「冷たい雪」になぞらえ、その心の病を治していくことこそが「雪解け」となり、そしてその後の再生が「春」という仕掛けなのではないでしょうか。

もし今、心に弱さを抱えている人は、あるいはそんな悩みを抱えている人が周囲にいるという人は、ぜひこの作品をお読みください。

簡易レビュー

読みやすさ ★★★★★★

面 白 さ ★★★★★★

上 手 さ ★★★★★★

世 界 観 ★★★★

オススメ度 ★★★★★★