【『心淋し川』西條奈加】を褒める

2021年6月19日

読了後の感想(過去の読了分:3分で読めるよ)




西條奈加さんの直木賞受賞作品となります、おめでとうございます。時代小説で連作短編形式を取る作品です。それにしても近年は優れた短編小説がたくさん出ていますね。個人的には時代小説も連作短編も苦手なのですが。そんな私にも苦手意識を忘れさせてくれるくらいの作品です。作風がどこかしら乙川優三郎さんに似ているような気もしましたね。温かみという点では宇江佐真理さんの作品にも通ずるところがあったように思います。

全6編からなる作品ですが、一つ一つの関連性はそんなに深くありません。それだけで単体ものとして楽しめるつくりになっています。ただ、共通点があります。それは心川(うらがわ)という暗く寂しい川の近くに生きている人たちの物語であるということ。そしてそれらの登場人物たちが、みな不安や不満を抱え悶々としているところから始まり、彼らなりの結論をつけてそれぞれの物語が綴じられていくということです。そして今回、それら一つひとつを解説・説明する必要は一切ないように思えてなりません。この作品は構成がとても見事で、西條さんの技巧は他作品と比べても頭一つ抜きん出ているような印象がありました。ざっくり言うと、最終話ですべて集約させるものの、直接的には導くことはせず、他5つの物語で外堀を埋めていくといった感じでしょうか。外堀を埋められた状態で、最終話を読むからこそわかる世界があるのです。

とはいえ、主題となるのは最終話であり、実はそんな外堀を埋めずしても、単独で読者をうならせるだけの読み応えのあるストーリーが用意されているのが凄い。そこには人間が持つ恨み辛みや悲哀が詰まっており、物語の重さが一気に増していきます。それまで、それぞれのエピソードの中にさらりと登場していた差配の驚くべき過去や真相が一気に吹き出してくるのです。なんならこの最終話を大きく広げて一つの長編小説を作ることもできたでしょう。しかしあえてそうしなかったことによって読者への余韻を大きなものとし、結果として強烈なインパクトを残すことに成功しているのです。結末はベタかもしれませんが、下町の人情の良さを痛感させられるものでした。このような結末は現代ものでは到底結べないものと言えるでしょうね。

簡易レビュー

読みやすさ ★★★★★

面 白 さ ★★★★★

上 手 さ ★★★★★★

世 界 観 ★★★★★

オススメ度 ★★★★★★