【『琥珀の夏』辻村深月】を褒める

読了後の感想(3分で読めるよ)

辻村深月さんの素晴らしい才能の一つは世界観だと思います。それは現実の世界であれ、空想の世界であれそうです。辻村深月ワールドを作り出して、楽しませてくれる作品も好きですが、今作のように現実の世界において、その心情世界を辻村さんなりの解釈で繰り広げてくれる世界観も好きです。

カルト集団として批判された団体の敷地から、主人公の知り合いかもしれない子供の白骨死体が発見されます。今は大人になり弁護士として働く主人公にも、かつてこのカルト集団のイベントに参加していた過去がありました。通常、この流れでいくとカルト集団における洗脳の恐ろしさや浮世離れした祭事を批判するような物語になりやすいのですが、辻村さんは違います。このカルト集団の中は本当に居心地がよく、その当時の思い出は一般社会で働く主人公にとって否定できないものだったのです。私は多くのカルト集団に医師や弁護士、教授といったエリートが入信する事実を洗脳だけでは片付けられないような疑問も持っていたのですが、なるほど辻村さんの考え方でカルト集団の世界を見つめてみると、ひょっとすると理想を感じるのかもしれません。

ただその是非は今回のテーマではありません。それはあくまで環境設定にすぎないのです。このような環境下におかれても、主人公が感じた喜びや悲しみ、時には怒りや恋心も含めて全て掘り下げていくことで、人間の感情の複雑さを訴えてくれます。例えば瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』にあるように、親子のつながりは決して血のつながりだけではありませんでした。ある意味、友情においても似たようなことが言えるとこの作品を読んで思ったのです。ねじまがった環境であろうと、世間からどう思われようと、そこで交わした「嬉しい」「楽しい」「面白い」「辛い」「苦しい」は全てリアルな感情であり、決して否定できないということを。

同時に真逆のこともわかりました。人間関係において一方が思っていることがもう一方も同様に思っているわけではないことを。それもまた否定できない真実なのではないでしょうか。さらにはこういった人間の本質的な感情の上に洗脳が成り立っているのだとすれば、それは恐ろしいことなのだとも思いました。

余談ですが、今回の装丁についてはとても美しく、作品の内容を上手く反映したイラストが使われています。また表表紙と裏表紙の対比もまた上手く反映されていたと思います。

簡易レビュー

読みやすさ ★★★★

面 白 さ ★★★★

上 手 さ ★★★★

世 界 観 ★★★★

オススメ度 ★★★★