【『しろばんば』井上靖】を薦める

読書のススメ(5分で読めるよ)

小学校の頃、私立中学を受験するために塾に通い、数多くの国語の問題を解きました。その中で、何度か目にする物語が『しろばんば』でした。特徴的なタイトルと、何故か脳裏に刻まれた“洪ちゃ”という響き。いろんなシーンをいろんな問題で目にするうちに『しろばんば』とはなんぞやと子供心に気になったのを覚えています。そして問題として使われているので、この先“洪ちゃ”こと洪作がどうなっていくのか気になって仕方がなくなりました。大体、一部を切り取って問題にされても、前後もわからず物語がどんな内容なのか掴めるわけがないのです。結果、本屋さんで『しろばんば』を買ってきて読んだのでした。結論から言うと、読み終えても結局物語の筋は見えてこなかったのです。それもそのはず、作者の井上靖さんの自伝的小説でジャンルとしては青春大河小説だったからです。小学生の頃の私は、やはり物語には軸となるストーリーがあって、なんらかの落としどころが用意されているもんだと思っていただけに、読み終えて特段大きな結末がないことに戸惑いました。その不完全燃焼な思いが、中学になってもう一度『しろばんば』を再読し、続編である『夏草冬濤』『北の海』を読むことで、大河小説の壮大さを知ることができたのでした。これこそ初めて本格派小説のすばらしさに触れた瞬間でした。

社会人になって再びこの3作を読み直して、あらためて名作シリーズであることを確信しました。小学生当時はわからなかったのですが、大人になると小学生の頃の淡い思いや思春期独特の恥じらいや意地など、よくわかっちゃうわけです。そしてそれを面白く読めるようになっているのです。そしてその時に、何故この『しろばんば』が国語の問題によく引用され、課題図書に何度も選べれるのかわかりました。

この作品は洪作少年の心情描写がとてもきめ細かくとてもデリケートなのです。壊れてしまいそうな感情をそのまま映し出し、読者も一緒に過去を振り返りながら、時に喜び、時に怒り、時に傷つき、時に悲しむのです。それは洪作少年も成長物語であると同時に、私達の成長物語であるのです。実際、続編の『夏草冬濤』では中学生になった洪作、『北の海』では高校受験に失敗し浪人生活を送る洪作が描かれています。

さて、『しろばんば』はストーリーに軸はないと言いましたが、実は洪作少年の小学校生活はそこそこ波乱に富んでおり面白いです。結構笑えるところもあって、退屈しません。面白いのはおぬい婆さん。洪作を溺愛するこのおばあちゃんは、偏屈なところがあって結構めちゃくちゃです。洪作のテストの点数が悪いのは先生の教え方が悪いせいだと決めつけるのですから。でもそこまでしてかばってくれる存在ってなんだか、洪作が羨ましいですね。また結構スキャンダルも発生するんですよね。このあたり、小学生がどう見つめているのかに注目するのもなかなか面白い。そして、私が最も好きなのは洪作が転校生のあき子に恋愛感情を抱いていくところです。小学生の淡い恋心、それはあまりに尊く、壊れやすく、不器用なものであると認識させられますね、あ~微笑ましい。

なんだか、洪作って“のび太”に見えてきちゃうんですよね。

レビュー

<読みやすさ>

続編『夏草冬濤』『北の海』に比べて、この『しろばんば』はとても読みやすいです。もしかすると大人にとっては読みやすいものだけど、小学生にとっては読みにくいのかな。けれどもしっかりと情景を思い浮かべながら読んでいくのであれば、あっという間に読み終わることでしょう。心情描写を味わいたい方はゆっくりどうぞ。

<面 白 さ>

洪作という人物のみならず、登場人物全てがキャラとしてしっかり立っており面白いです。そして狭い社会の中でいろいろな事件もおこるため、飽きる事なく読み進められます。また洪作の成長が目に見えて(というより私達の成長を振り返られるから)面白く感じることができるんだと思います。

<上 手 さ>

井上靖さんくらいになると、この手の小説はお手の物でしょうし、安定感が抜群です。この軸のない物語を、なぜかぶれることなく、そして見えてくる実は一本筋の通ったストーリー。それは続編も含めて巧みさを感じます。宮本輝さんの『流転の海シリーズ』も同様のことが言えると思っています。

<世 界 観>

小学生の世界は小さいものだったでしょうか。大人の世界に比べてとても小さいものであることは事実ですが、思い出を詰め込んだとても大きい世界であったとも思うのです。あの6年間は他のどの6年間よりもいろんなことを学び取り、大きく成長させられた時期だったことでしょう。世界観は大きいと言うべきです。

<オススメ度>

これはぜひ皆さんに読んでいただきたいです。読者を選ばない万民に通ずる作品です。また小学校高学年~中学校の子供さんにもぜひおすすめして欲しい作品です。読んでもらったらいつか子供さんが大学生や社会人になったときにもう一度読ませましょう。きっと喜んでもらえると思います。