【ルーベンス】を褒める

2022年8月10日

《全てを兼ね備え時代を超越し神に愛された天才児》

「ルーベンスを褒める」……こんな簡単なことがあるでしょうか。同時に「ルーベンスを批判する」……こんな困難なことがあるでしょうか。それほどにまで、ルーベンスは褒める部分しか出てこない完璧な画家であったのです。ルーベンスの魅力といったらなんと言っても男性のその力強さでしょう。荘厳であり雄大であり畏敬を覚えるほどです。実際、どんな主題であっても簡単に描きこなし、生命の息吹を吹き込むルーベンス。光や色彩を巧みに使いこなして、思うがままに活気あふれる作品を次々とこの世に残していきました。キャンバスの中を所狭しと多くの登場人物たちがひしめきあって、物語を聞かせてくれるかのように錯覚させてくれるもの彼の作品の特徴でしょう。ルーベンスがゆるぎない自信をもって、そして全くの妥協を許さず作品に取り組んでいることが誰の目にも明らかでした。一方で女性を描くときには、柔らかく優しくなまめかしささえ匂わすといった男性とは全く違う描き方をするのも技術の高さをあらわしていますね。

ルーベンスはフランドルの最も偉大な芸術家であったということにとどまらず、世界的に、しかも時代を越えて今に至るまで最も名声を得た、そして成功した画家の1人と言えるでしょう。ハンサムで教養があり、知的でおしゃべりも上手、語学にも長けており驚くことに彼は外交官でもあったのです。まったく非の打ち所の無い完璧すぎる人物、それがルーベンスだったのです。

時代はダヴィンチ、ミケランジェロといったルネサンス芸術が主流となり、宗教性の強い作品が望まれていた時代です。写実伝統の強いフランドル芸術は徐々に追いやられ、その存在価値を無くしていく流れにありました。そこに颯爽と現れた若きルーベンス。この問題をいとも簡単に解決。すなわちルネサンス絵画とフランドル絵画の統合を軽々とやってのけた上、対した批判や抵抗も受けずにあっという間に、教会や宮廷に受け入れられたのです。

それもそのはず、彼は模写がとても上手で、ある時、輸送中の絵画が雨で破損してしまったとき、ルーベンスはいとも簡単にその代作を作り上げたというのです。こうして、ルーベンスは一躍時代の寵児となり、彼のもとに多くの資金と依頼と弟子が集まってきたのでした。労せず(もちろん、私たちの見えないところで多くの労があったのですが)、トントン拍子にその座を掴みとったルーベンス、他の画家から比べると異常なくらい恵まれていました。またその人柄、辺りのよさ、あるいは容姿端麗な部分も助けになったのでしょうか、多くの人にすんなりと受け入れられたのです。

経営にも手腕を発揮したルーベンスは工房経営も軌道にのせ数多くの作品を生み出していきます。中でもアントワープのイエズス教会の装飾は一大事業であり、そこには若き日のヴァン・ダイクもいたというから面白いですね。結果として、この忙しさのままルーベンスはその生涯を閉じることになりましたが、ついぞ表向きには彼の苦悩や苦難の生涯は見えてきませんでした。これこそが神の寵児であるゆえんでしょうか。

ピカソは別格として、ルーベンスは巨匠の中でも群を抜いて多彩多作な画家でした。彼は自画自賛気味に「私の才能は非常に優れているので、作品がどんなに大きくても、主題がいかに多様であろうと臆することはない」と豪語していました。というより、もはやそれは豪語でもありませんてした。ただ、素直な気持ちを吐露したに過ぎなかったのです。

現在、アントワープの大聖堂に掛けられている『十字架昇架』と『十字架降架』。信仰の祖であり、救世主として現れた神の子イエス・キリストの威厳と尊厳を余すこと無く描ききった二つの作品は、間違いなくルーベンスの最高傑作であり、『フランダースの犬』の主人公ネロが最後まで見たかった絵であること…そりゃあ見たいでしょうよ。

*「十字架降下」についてはレンブラントが全く逆のアプローチをしているのですが、これもなかなか面白いです。
よければ合わせて「【レンブラント】を褒める」もご一読ください。

おすすめ10選

『十字架降下』

『ヴィーナスの饗宴』

『マリー・ド・メディシスのマルセイユ上陸』

『三美神』

『羊飼いの礼拝』

『狼に育てられるロムルスとレムス』

『堕地獄』

『レダ』

『聖イルデフォンゾに祭服を授ける聖母子』

『エレーヌ・フールマンと子供たち』