【『その峰の彼方』笹本稜平】を薦める

読書のススメ(3分で読めるよ)

かつて、私の人生のベスト3の小説として井上靖さんの『氷壁』を紹介したことがあります。

そこで私はこんな記事を書いています

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私は山登りが好きではありません(登山家および登山愛好家の皆さん、ごめんなさい)。

私自身とても意気地なしで、すぐに根をあげてしまうのです。過酷な環境に耐えきれず、頂上についたときには景色を楽しむ余裕もなくなっていて、楽しみにしていたお弁当なども喉を通らないことも多かったからでしょうか。正直、山登りにいい思い出がないのです。

ところが、不思議なことに小説の世界における山岳ものとの相性はとてもよく、新田次郎さんの『孤高の人』『聖職の碑』や笹本稜平さんの『その峰の彼方』、最近では下村敦史さんの『生還者』『失踪者』など心に残る作品に多く出会うことができました。なんでしょうね、私は絵も絵心がないから美術に凄さを感じ興味を示したりするので、それと似たようなことかもしれません。登山にコンプレックスがある分、それを成し遂げる人たちの凄さに身震いするほど感動しちゃうのでしょう。

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非常に矛盾した考えのようなのですが、実は意外と皆さんも同じような感想を持っているのかなとも思ったりします。2014年の年間ランキングで1位にした、今日ご紹介の『その峰の彼方』は決して評価は高くありません。ボリュームがありすぎて読者に負荷をかけることもそうですし、動機や心情共有が難しい事、ラストの物語の閉じ方がなかなか共感しづらいのではないでしょうか。

普通に考えればそうだと思いますが、山嫌いの私だからこそ逆に理解できる世界もあるような気がします。この物語には『津田悟』という人物が出てきます。その行動は理解不能なものです。妻の出産前に、しかも事業が軌道にのり端緒につきはじめたそのときに無謀な単独行に出るのですから。まあ、私は気力も体力も無いため、登山そのものが無謀だったりするのですが。

これに何故私が感動してしまうかというと、意味がなければないほど、無駄であればあるほど、その人の大切にしている価値や理想が逆に証明される気がしてしまうのです。私自身、会社の採用活動で応募者の仕事の力量をどこで測っているかというと、どんなことに注力できたかということです。好きなことに注力する力はもちろんの事、意味のない事でさえ注力できるのなら、好きな事にはもっと注力できるのではないかという考え方をしたりします。学生時代、無意味と言われる学問を何故しないといけないのかの回答でもあります。また仕事に関係ない資格でも、意味を持つ回答でもあります。その究極が登山などの社会生活とは無縁に見える次元での挑戦だったりします。と言っても、こう書いててなかなか理解しづらいだろうなって思うので、記事の投稿自体を見送ろうかとも思うのですが、たまにはこんな記事があってもいいよね。

私はこういう私の理解し難い分野で「生きる意味」「登山の意味」「困難や厳しさとの対峙」について究極を見せられると、余計に感動してしまうのです。だからいつも、理解できない人や、理解できない趣味については、むしろ理解したいと思うたちなのですね。

レビュー

<読みやすさ>

山岳物はどれもそうですが読みやすいということはありません。読むのにとてもエネルギーを要します。それもそのはず、登場人物は過酷な環境の中で戦いを繰り広げているわけですから、戦争ものなどと同様とても重苦しくページを進める手が重いです。けれどもその先に大きなカタルシスがあるという期待感はどんどんと高まります。

<上 手 さ>

山岳物はその性質上、非常に技巧を求められているように思います。アクションとしては『登る』という行為のみで、具体的な敵は出てきません。自然現象や内なる自分との戦いであるため、それをどのように表現し、また今作のようにボリュームのある物語をいかに飽きさせないで読ませるか、そしてなおかつ、伝えたいものを伝えきるかということを考えた時に上手さを感じずにはいられません。

<面 白 さ>

ただの山岳物ではなく山岳ミステリともなると、かなり面白いです。事件などのように手がかりが次から次へと見つかるということが少なく、真相追及のために、これまた登攀が必要となることもあって、物語に重なりが持たせられます。ただ面白さには偏りがあるかもしれません。期待どおりのラストというよりは、その生き様を知る事の喜びのようなものになると思います。

<世 界 観>

山岳という一つの世界が構築されています。どんな山においても“登山”のロマンは秘められており、壮大な世界観を繰り広げています。今作ではそれに加えて、一人の男の生き方をも示唆しており、それを追いかける側の生き方もあいまって、とても重厚な物語へと仕上がっています。感動に心揺さぶられます。

<オススメ度>

おすすめしていながら、オススメ度は高いとは言えません。はまる人とはまらない人に分かれることでしょう。また私自身はかなり特殊なタイプなので、この褒め記事を読んでもらったのに共感できなかったと言われることもあろうかと思います。ゆとりのある時に読んでいただき、あまりその余裕がない場合は他の推薦図書を先にお読みください。