【『慈雨の音 ~流転の海 第六部~』宮本輝】を褒める

2021年11月22日

読了後の感想(2分で読めるよ)

前回5作目で少し暗雲垂れこめた松坂熊吾の人生。その影響を私自身も受けてしまって、少しトーンダウンしてしまったことは否めませんでした。しかも再読区間が終了し、未知の領域に足を踏み入れたこともあって、色々と不安があったこともあり、やや後味がよくなかったのですが、それは今作で払拭することができました。この第六作目『慈雨の音』について、かなり雰囲気が落ち着いた感じが出てきました。その理由は読み終えた後、文庫巻末にあった宮本輝さんのあとがきを読んでよくわかりました。そもそも“慈雨の音”というタイトルにしたのは、この頃の松坂熊吾や房江の気持ちの中に“慈しみ”に包まれていたからとのこと。実は今作において多くの登場人物と死別することになるのですが、それがあまりマイナスに作用していないことに気づかされます。

同時に松坂熊吾が明らかに年老い、その勢いがなくなっているのですが、そこに熊吾の大いなる成長を見ることができます。すなわち伸仁の親としての自覚、一家の大黒柱として強さだけではなく柔らかさを身につけてきたのがよくわかります。一方で、体が弱く相変わらず小谷医師の治療を受け続ける伸仁には熊吾と真逆の成長を感じられました。これは単純に「大人への階段を登る」という成長です。心の中に芽生えた芯のようなものを感じずにはいられません。熊吾に対しても物怖じせず発言することも出てきましたし、周囲に取り巻くならず者たちとも驚きのコミュ力で巻き込んでいくのは本当にびっくりさせられるのです。さらに、妻・房江の変化も見逃せません。優等生の房江が、むしろやんちゃな世界に足を踏み入れたりしています。破天荒の熊吾は落ち着き、常識人の房江がアウトローな世界に触れる、面白いですね。私自身も結婚生活の中で、お互いがお互いの要素に近づくような実感を持ったりしています。自身の個性が薄まり、パートナーの個性に影響を受けるような、そんな世界を今回感じ取ることができました。

それにしても、『流転の海シリーズ』の凄いところは、軸たる軸を持たずに描かれ続けながら、こうして振り返ると大きな軸ができつつあるところでしょう。残り3作ありますが、どのベクトルに向かって突き進んでいくのか楽しみです。

簡易レビュー

読みやすさ ★★★★★

面 白 さ ★★★★★

上 手 さ ★★★★★

世 界 観 ★★★★★

オススメ度 ★★★★★

 

慈雨の音 ひょうちゃん作目次

*勘のいい人にとってはこの程度でもネタバレになるかもしれません。

もし不安であればこの先は見ないでください。

 

第一章 浦辺ヨネの死

第二章 伸仁の怪我

第三章 ヨネの散骨

第四章 伸仁の花火事故と香根の死

第五章 北朝鮮に向かう月村兄妹との別れ

第六章 鳩のクレオ 海老原の死

第七章 「中古車のハゴロモ」創業