【『偶然屋』七尾与史】を褒める

読了後の感想(3分で読めるよ)

『死なせない屋』に続けて『偶然屋』を読みました。言わずと知れた『ドS刑事』がとてもコミカルで読みやすく、七尾さんの作品にそのような期待をもって読んだのは事実です。果たしてそれはいい意味で裏切られます。この作品を単にユーモアあふれる楽しい喜劇として読むのならば肩透かしをくらってしまうでしょうね。これは背筋も凍るようなブラックユーモアであり、今作ではもやもやの残るイヤミス的な作品でもあるからです。もちろん文体はコミカルで痛快です。やり取りも喜劇の形をとっているかのごとくドタバタ感が満載です。けれども1章の視点の切り替わるあたりから急に雲行きが怪しくなってきます。そもそもこんなに形を変えるのに一章のままってどういうこと?そんな疑問を持ちながら2章、3章と読み進めていくと、驚くべき裏の物語の進捗が見えてきます。これがとても恐ろしい。若竹七海さんの作風によく似ているようにも思いますね。文体が明るいだけに余計に怖いのです。

そもそも“偶然屋”とは何か。あたかも偶然起きた事象のようにアクシデントを仕組み、それを通して依頼人の意向に沿うような展開を作っていくというなかなか面白そうな設定です。残念ながら私にはあまり偶然のように思える展開はあまりなく、不自然と思えるような強引なものもあったので、この点は期待通りとはいきませんでした。けれどもその代わりと言ってはなんですが、それに絡むキャラクターの魅力はとても際立っており、設定を茶番だと割り切ってしまえばそう支障はありません。そして読み進めていくうちにそんなことはどうでもよくなります。偶然によって引き起こされた新しい展開は、別の次元において歪みを生じさせていたのです。もちろんそれはそれこそ偶然にすぎないのですが。

最終章ではもはや“偶然屋”の設定は希薄になるほど、もつれにもつれた事象が深いミステリと仕立て上げ、黒幕との対決のシーンへと繋がっていきます。この黒幕との戦いが続編『偶然屋2』へと引き継がれていくのでしょうか。評価はなかなか難しく、好き嫌いがわかれる気がします。あえて言うならば、従来の七尾作品を期待すると期待外れ、新しい七尾作品を期待するのなら期待通りというところでしょうか。少々リスクは感じますが、私は嫌いではありませんでした。

てか、文庫本の表紙、めっちゃ錦糸町駅やんw

簡易レビュー

読みやすさ ★★★★

面 白 さ ★★★

上 手 さ ★★★★★

世 界 観 ★★★★★

オススメ度 ★★★★