【『アルテミスの涙』下村敦史】を褒める

読了後の感想(2分で読めるよ)

下村敦史さんの作品とは相性が良くて、いつもすらすら一気読みです。文章の形や語り口調が心地よく、登場人物の複雑さなどもあまりないので負荷のかからない小説を書ける人だと思っています。今作でも同じことが言えますし、私以外の方でも読むことに負担はかからないと思います。題材は流行りの医療系ですがテーマはとても重くて、ずばり “愛” ということになるでしょう。そしてこのテーマは古今東西どこまでも掘り下げられる無限の可能性を秘めたテーマであると同時に、難解で答えが無く逃げ場のないテーマだとも言えます。時にその作品が伝えようとするメッセージゆえに作品が壊れたり、評価が下がったり、物議を醸すこともある諸刃の剣でもあるように思います。この作品はその読みやすさとは裏腹に十分にその危険性をはらんだ物語でもありました。

正直、ところどころ嫌悪感を持たないではいられませんでしたし、メッセージを全て肯定して受け止めることはできません。それでも果敢にこの難しいテーマに挑んだ作者の意欲は褒めたいですし、描かれている内容は真正面から “愛” を映し出しているものでした。主題とは別に親の歪んだ愛情も出てきました。親だからわかる過干渉、世間体、安定した人生、一方でそのことが子供を縛り、苦しめ、果ては憎しみや傷へとつながってしまう。そういった部分も描かれていました。また医療従事者たちの “愛” 、仕事として、モラルとして、そしてやはり一般的な安定などを考える自分たちの葛藤は、患者への真摯な思いから生まれるものではないでしょうか。他にも経営者の働く者への責任は、形は違いますが一つの “愛” の形と言えないこともありません。

物語は「閉じ込め症候群(ロックドインシンドローム)」で寝たきりの患者が妊娠するという驚愕の展開で始まります。一体誰が何の目的で、いやそれよりもどうしてこんなことが起きてしまったのか。その真相はあまりに驚くべきもので、一つの “愛” の形を示すものでした。珍しく序盤のほうが目を背けたくなるような展開でしたが、私はここで描かれた終盤は十分納得のいくもので、読了に不安を覚えても読破することをおススメします。そして、この作品に対する作者の “愛” を感じることができたので、そこは本当に安心してもらってもよいかなと考えています。

簡易レビュー

読みやすさ ★★★★★

面 白 さ ★★★★★

上 手 さ ★★★★

世 界 観 ★★★★

オススメ度 ★★★★