【『終戦のローレライ』福井晴敏】を薦める

読書のススメ(3分で読めるよ)

福井晴敏さんとの出会いは『亡国のイージス』でした。この作品も年間ランキング入りさせてはいるのですが、実は2度に渡って挫折を味わった作品です。とにかく硬質感のある重厚なストーリーで、その世界を解するのに一苦労。登場人物も多く、何より専門用語が多く飛び交う超大作ということで、疲れ果ててしまったのです。その後、読了に行きついたのは、本日紹介する『終戦のローレライ』を幸いにも読破し、大いなるカタルシスを得たからに他なりません。実はこの『終戦のローレライ』も『亡国のイージス』に負けず劣らず読みづらい作品なのですが、私のコンディションがよかったのでしょうか、こちらは一発で読破できたのでした。それまで読者に負荷をかける作品は評価してこなかった私ですが、これ以降、そのタイプの作品にも多くチャレンジし、高評価することができるようになった非常に思い出深い作品です。

そもそも“ローレライ”って何?と思われる方も多いかと思うのですが、なんとこれは潜水艦における特殊兵器なのです。作中ではシステムであると紹介されています。このシステムですが、とてもリアルな描写の多い福井さんなのに突如SF要素が飛び込んできます。超能力少女が水中の様子を地上にいるかのごとく知ることができることを言うのです。視界がほとんどさえぎられてしまう潜水艦による戦い。もしそれが自由に窺い知ることができるとするならば、これ以上有利なことはありませんね。けれどもその特殊兵器が、少女の超能力によるだなんて突飛な感じがしますよね。けれども福井さんはガンダムの小説版も手掛けており、実は決してそう驚くことでもないのです。当然、この能力は重宝され、少女(パウラ)はそんな戦いの渦に巻き込まれていくのです。

兵器と書いてしまっていますが、パウラは普通の少女でもあるのです。そして彼女の兄・フリッツは妹を守りながらも妹のお陰で重宝される自分がいることに悩みます。加えて、この作品における主人公的役割の折笠征人がパウラと心を通わせると、さらに自身の存在を問い詰めるようになります。このように舞台は戦争、要素はSF、殺伐とした世界の中で、描かれるのは意外にも人間そのものなのです。そう、『終戦のローレライ』の素晴らしさは実は登場人物たちの人間らしさにあるのです。メインの少年少女だけでなく、多くの魅力的な人物が登場します。潜水艦を指揮する絹見艦長は戦争に反対して自殺した弟を持ち、戦いに対して葛藤を持っています。田口兵曹長は過去に人に言えない行為により生き長らえたことを恥じています。浅倉大佐は日本という国家に対する責任の取り方にこだわっています。こうした人物をしっかりとらえるのは難しいですが、それを取り込んでしまえば誰もがこのローレライの世界観に酔いしれることでしょう。気持ちの整理がついて、覚悟が固まり、体力気力が備わり、時間が十分にできたら・・・その時はこの『終戦のローレライ』を読むときなのかもしれませんよ。

レビュー

<読みやすさ>

福井作品全般に言えることですが読みにくいです。専門用語も多く、結構イメージするのが難しかったりします。今作では特にローレライシステムそのものが漠然としているため、序盤は苦労することでしょう。活字を苦手とする方には薦められません。読者に負荷をかけるというのが難点なのですが、同時にそれこそが爆発的な面白さに繋がるのです。

<面 白 さ>

前項で書いたように、読者に負荷をかけてまでも、その面白さを追求しているだけあって、読み切れば爆発的な面白さです。カタルシスも大きく感動で心が揺さぶられます。しかも展開もよくできており、納得のストーリーですので面白くないわけがありません。読むのであればぜひとも覚悟して読了してください。その向こう側に見える景色があるはずです。

<上 手 さ>

よく練られた作品であり、その仕上げ方はとても上手いのだと思います。他の作家さんには無い上手さを確実に持っていると思います。一方でこのように読みづらい作品にしてしまっていることを上手いと言っていいのか悩みどころです。もちろんどちらもテクニックですが、万民受けする上手さとは少し違うような気もします。

<世 界 観>

戦争という背景に加え、SF要素を加え、さらには国際的な問題や、差別問題などにも触れており壮大な世界を描いています。これが読み辛さにつながっているのは皮肉ですが、活字が得意な読書家の方々にとってはこのような世界観を堪能できるでしょうし、満足感もかなりのものです。登場人物の描写にもそれぞれの世界が見え隠れします。

<オススメ度>

この本を読んだとき、年度のはじめのほうだったのですが、この年度のマイランキング1位を確信しました。そしてその予想は当たりました。それほど心に刻まれインパクトの大きかった作品です。機会あればぜひ手にとっていただきたい作品の一つです。『亡国のイージス』と並んで福井さんの代表作といっていいでしょう。