【『血脈の火 ~流転の海 第三部~(再読)』宮本輝】を褒める

読了後の感想(2分で読めるよ)

流転の海シリーズも第三部を迎えました。私が最初に読んだときはこの第三部までしか刊行されておらず、ここで一息をついて次作を待った覚えがあります。実はそのうちに内容を忘れてしまい、第四部を読んだときには人間関係が一体なんだかわからず、とても読みづらくほとんど面白いと思えずに読了したのを覚えています。そしてその後第五部を待ったものの、もはや読もうと思わずそこで挫折してしまったのでした。そういう意味では今作までは強烈に覚えられており、再読する中で記憶が呼び起こされる感覚も残っていました。おそらく次作ではその感覚はなく、ほぼ初読みのような状態になることをお許しくださいませ(誰に了承とってんだかね(^_^;))

さて今作では故郷からもう一度大阪に松坂熊吾が帰ってきます。そして水を得た魚のように、その活躍が描かれると言いたいところなんですが、前2作とは少し趣が変わります。あの松坂熊吾が、なんだか弱さを見せ始めるのです。もちろんその性格が決して変わったわけでもないのですが、若い頃のように猪突猛進できなくなっているのですね。それは彼をとりまく環境や人間関係、そして妻・房江や息子の伸仁の存在がそうさせるのでしょう。

まず環境としては決して恵まれていないわけではなく、相変わらず事業の展開にはその才を見せつける熊吾です。けれども今回は動き出した事業にケチがついたり、災害に見舞われたりといまいち加速していきません。人間・松坂熊吾としての成長が皮肉にも実業家・松坂熊吾の活躍を妨げることもありそうです。人は優しさが大切でしょうけど、生き馬の目を抜くようなやり取りがもとめられるビジネスの場においてはその優しさは邪魔になってしまうのかもしれませんね。

また若い頃に豪快に突き進んで周りを巻き込んできた熊吾でしたが、今作においては、むしろその周囲の人に足を引っ張られたり、愛想を尽かされたり、熊吾の思い通りにはならないようになってきます。時代が変わってきて熊吾のやり取りが少しずつ通用せず嫌悪されていることも影響が出ていることでしょう。それでもまだまだ熊吾は自分の型を曲げるようなことはせず、信じる道を悩みながらも突き進んでいきます。

その他、房江の成長というか変化は目を見張ります。もはや弱々しく熊吾についてまわるだけの妻ではなくなってきており、自我の芽生えが感じられます。ヒサとの関係や事件においては責任感をもった房江の姿が見られます。かわいいだけだった伸仁も大きくなり、悪さも覚え、熊吾から独特の教育を受け、房江を困らせます。同時に伸仁の周りによからぬ黒い影も見え隠れしてきて、暗雲立ち込めています。

私は20年以上前の読書感想で「もはや熊吾の生涯から目が離せない」という書き方をしたのを覚えているのですが、今回再読して思ったのは「もはや熊吾の生涯のみならず周囲からも目が離せない」というほうが的を射てるということです。今回はこのままの流れで第四部にいけるので、記憶もばっちりですし、リズムを保ったまま読めるのでリベンジには十分な環境が整いましたね。でもまだ折り返し地点にも到達していないという・・・。

簡易レビュー

読みやすさ ★★★★★

面 白 さ ★★★★★

上 手 さ ★★★★★★

世 界 観 ★★★★★★

オススメ度 ★★★★★

血脈の火 ひょうちゃん作目次

*勘のいい人にとってはこの程度でもネタバレになるかもしれません。

もし不安であればこの先は見ないでください。

 

第一章 大阪に戻った松坂熊吾

第二章 観音寺ケンの登場 井手と麻衣子の別れ

第三章 タネ・ヒサの上阪 そしてヒサの失踪

第四章 杉野とのプロパン事業

第五章 城崎のヨネと麻衣子

第六章 名医・小谷医師

第七章 きんつば屋の繁盛

第八章 近江丸の火事