【カラヴァッジオ】を褒める

<大胆な着想と光と影の明暗でバロックを牽引した荒くれ者の画家>

先日、メトロポリタン美術館展を見に行ったのですが、フライヤーにカラヴァッジオの『音楽家たち』が用いられていました。現在(2021.12月現在)本家のメトロポリタン美術館が改修工事中ということで、類を見ない大規模な展覧会で、多くの作品が集まる中、存在感抜群だったのはやはり、カラヴァッジオのこの絵でした。光と闇のコントラストを巧みに駆使してドラマティックな場面が投影されたその作品は他の作品を霞ませてしまうほと圧倒的な力を感じるものでした。その絵は、何でもない音楽家の集まりを描いただけなのに、どうしてこうもリアリティに溢れ、いささか強引なまでのサディスティックな印象を受けてしまうのでしょうか。

カラヴァッジオを初めて知ったときの衝撃は忘れられません。たしか新聞の記事だったか「歴史に残る大画家の中で、殺人犯として追われた唯一の人、カラヴァッジオ」と紹介されていました。「えっ、殺人犯なの、この人」と当時中学生だった私は当然驚いてしまったわけです。そのことが変な偏見となって作品に禍々しさを感じてしまうのかと素人ながらに思ってもいるのですが、色々な解説を読んでも、その考え方は遠からずなようです。やはり彼の荒々しい性格は作品に影響を及ぼしているというのが大半の見方であるようです。ただ、今回は褒め記事ですから、そういった部分に焦点をあててしまうとどうしても褒められない部分も出てくるでしょうから、あくまで彼の作品に着目して書き進めていきたいと思っています。(じゃ、事件のことなんか書くなよって(^_^;)、でもそこはね、触れないわけにもいかないということで・・・)

巨匠の絵に心動かされ、ティツィアーノの流れをくむカラヴァッジオの作品はやがてバロックの起点となるような立ち位置になっていきます。すなわち現実より誇張しドラマティックに描くという技法を確立する大切な役割をカラヴァッジオは果たしていくのです。彼の独特の画風をあげていくと、そのことがそのままバロック絵画の特徴を示すことになるのがわかると思います。

まずは大胆な着想。主に宗教絵画を取り扱い聖書の物語を、カラヴァッジオの視点で驚きの作品に落とし込みます。作品の1カットを見るだけで物語の内容が伝わってくるだけでなく、既存の考え方にとらわれない彼自身の宗教観をそこに見出すことができると言えます。キリストや聖母をただただダイナミックに描くのではなく、モデルを農民や大衆にすることで人間的な側面を映し出す工夫がなされています。(それが行き過ぎて死体をモチーフにするというのはかなり批判を浴びたようですが・・・そりゃそうだよ~)写実的な画風には卓越した観察力が必要となりますが、カラヴァッジオの作品にはその観察力の鋭さが垣間見ることができますね。

次に強烈な色調があげられます。カラヴァッジオの使っている色はとても多く、そしてどれも鮮やかものばかりです。そうすることで写真のようなクオリティに高められるだけでなく、人々の心に強く焼き刻む効果がなされています。唇の赤さに情熱を感じ、衣服の緑に瀟洒な階層を見ることができます。また体の色はリアリティを増し、時折使われる白が柔らかさを表現していると思えます。こうした印象的な色の使い方はバロック絵画においても多用されていきますね。

何よりキアロスクーロと呼ばれる光と影の明暗がカラヴァッジオ最大の特徴と言えましょう。背景をあえて描かず深く暗い影にしてしまうことで、先ほどの色彩をより浮彫にし、人物をより劇的に映し出すことに成功しています。こうした技法はその後ヨーロッパ全土に広まりカラヴァッジェスキとして多くの追随者を生みます。そこにルーベンス、レンブラント、フェルメール、ラトゥールらが含まれているのですから、どんなにカラヴァッジオが多大な影響を与えていたかがわかりますね。

代表作の『エマオの晩餐』を見てみましょう。これはカラヴァッジオの傑作とも言える作品で、上記の技術を堪能できる作品だと思います。加えて細部を見ていくと他にも面白い点があります。作中の真ん中で腕を振り上げ熱弁するエマオ、そしてそれを聞いて腕をあげて驚く隣の人物。どちらも誇張表現で、「いやいや、普通はこんな態度示さんやろ」という突っ込みが入りそうですが、それはおいといて(笑)よく見ると、この腕の表現は遠近法というか縮尺サイズのバランスを無視しています。こうすることで手前部分をよりダイナミックに表しているそうです。たしかにトリックアートのように腕がこちらに飛び出しているような視覚効果がありますね。さらにはこんなに動きのある人物のそばで、机の上におかれたいくつかの静物。この動と静の対比が作中の物語をよりアクセントをつけて迫ってきているのです。

一見しただけだと、そのインパクトのある構図に目を奪われがちですが、よく見るとカラヴァッジオの絵はとても内向的であることがわかります。そこに聖書の物語に登場する人物たちの思いが秘められているようです。悩み、苦悩、葛藤、希望、喜びなどなど、カラヴァッジオの作品は内外ともに奥行きがあるのです。激しい気性ゆえ、逆に内面が磨かれていったのかもしれません。デリケートな一面を見ることができます。

天分が宗教画にあると気づいたカラヴァッジオですが、手に負えない乱暴者で、看過し難い数々の犯罪、そして許されない殺人の罪を犯した結果、逃亡の生活を強いられ寂しく短い生涯を閉じることになってしまいました。暴力的で禍々しささえ感じさせると言われた作風ですが、聖書の物語には忠実で、教会上層部からは受け入れられたというのは皮肉でもあり、一方でカラヴァッジオの求道心を見るかのようですね。作品には何の罪もありません、私たちはその芸術性を堪能させていただくのみです。

おすすめ10選

『エマオの晩餐』

『トマスの不信』

『キリストの埋葬』

『ホロフェルネスの首を切るユディト』

『ロレートの聖母』

『イサクの犠牲』

『エジプトへの逃避途上の休息』

『聖マタイの召命』

『聖ペテロの磔刑』

『勝利のキューピッド』