【『風紋』『晩鐘』乃南アサ】を薦める

読書のススメ(3分で読めるよ)

乃南アサさんの代表作というと直木賞受賞となった『凍える牙』があげられると思います。私自身もそれで全く異論はございません。エンタメ性十分のノンストップアクション。時代を越えて愛されるべき作品だと強くオススメできる作品です。ただ、今回オススメさせていただくのはこの作品ではありません。犯罪被害者と犯罪加害者のその後に焦点をあて、大きな問題提起をなした作品、それが『風紋』『晩鐘』の2作品なのです。それぞれは一つの事件で繋がっており、登場人物も当然のごとくほとんど同じです。『風紋』が事件直後、『晩鐘』が事件から7年後を追っています。また『風紋』は犯罪被害者側中心の目線、『晩鐘』は犯罪加害者側中心の目線となっており、ただの2部作ではなく、多視点による2作品というような立ち位置となっています。

事件は、とある主婦が娘の通う学校の教師に殺されてしまうというものです。通常の小説ではこの事件の真相や動機にせまり詳細が明らかになっていくという形をとるものが多いですよね。けれども『風紋』においては事件の真相にはせまりきることはできません。動機にいたっても登場人物や読者が推測することしかできません。何故なら作品の主眼は事件そのものではなく、事件後の家族に巻き起こる影響にあるからです。この事件により世間の目にさらされることになった、犯罪被害者と犯罪加害者。彼らは突然起きた非日常によって平穏な生活を脅かされていきます。まず被害者側の中心は次女・真裕子。彼女は殺された母・則子が事件にあったのは、父の不倫や姉の素行にあると考えています。その状況を教師に相談したことが悲惨な結末を迎えたと捉えています。一方加害者側の中心は犯人の妻・香織。彼女は彼女で大いなる被害者となります。そもそも罪を犯したのは自分ではないのに。香織は性格に難があり、この後もこの運命に抗うように抵抗を見せ続けるのですが、転落は止まりません。こういた当事者の家族にふりかかる不幸の連続、その中で巻き起こる心情というものをヒリヒリするような心理描写で描き切る作品です。その後、事件の法定推理のシーンへと移っていきますが、何かが明らかになるごとに振り回される家族たちの心情。もう、ついていくことが本当に疲れてしまうくらいです。

と、ここまでが『風紋』の紹介でしたが、私が高い評価をし2004年の読書ランキング1位に選んだのは『晩鐘』のほうです。宮部みゆきさんの傑作『模倣犯』を抑えての1位ですから、かなり価値のある1位です(いやいや、自分で勝手につけてるランキングだから(^_^;))

事件から7年後、犯罪加害者の子供である大輔は小学5年生になっていました。事件後長崎の祖父母の家に預けられ、殺人犯の父親はもちろん、問題のあった母親・香織のことも親戚のおばさんとして教えられて育ちます。近所に住む伯父たちに温かく迎えられ元気に育つ大輔と妹の絵里。しかし伯父の子供の歩が殺されるという事件が起きてから事態は一変します。犯罪加害者の家族であった大輔は、今度は犯罪被害者の家族となってしまうのです。マスコミに追い立てられ、あらぬ噂が広まり、結果として家庭は崩壊。色々あって大輔たちは実の母である香織と一緒に暮らすようになります。けれども香織は相変わらず自分勝手で子供のことなど顧みず、大輔たちによからぬ影響を与えていくのです。結果、様々なことを知った大輔は暴走を始めます。ここから大輔の転落人生が始まってしまうのです。この暴走・転落は目もあてられません。私個人としては、香織に対するもやもやした気持ちがおさえきれませんでした。けれども、それもまた事実、この世の中にもきっとあるだろう現実なのだと深く心に刻まれました。

これ以上はネタバレとなってしまいますが、多くのことを考えさせてくれる作品であることは間違いないです。犯罪そのものは当然なのですが、とりまく環境や周囲の影響。家族の在り方、周囲の関わり方、報道のあり方、親子のあり方、などなど。挙げればキリがありません。それほどにまで問題提起をしたこの2作品。『凍える牙』とは違った意味で乃南アサさんの代表作と言えるのではないでしょうか。

レビュー

<読みやすさ>

どうでしょうか、その内容・ボリュームを鑑みると決して読みやすいとは言えないでしょうね。読むにはかなりの覚悟と時間を要すると思います。テンポが悪いわけではないのですが、テンポよく読み進めるのは憚られるというか、じっくり読むことをおススメします。読後のカタルシスはかなりのものがあります。

<面 白 さ>

読み終えて「面白かったー」というような小説ではありません。けれども「本っていいな」とは思えるのではないでしょうか。そもそもこのような犯罪被害者加害者の実情を知る事などできないですから。そういう意味で、普通では経験できないような事象に対して迫ることができるというのは面白みの一つだと言えるでしょう。

<上 手 さ>

乃南さんの上手さあってのこの作品です。2004年の読書ランキング1位に『晩鐘』を選んだのもこの上手さが要因の一つです。特に登場人物のおかれた状況に対する心理描写が卓越していました。二度と描けないんじゃないかと思うほど鬼気迫る描写でした。また緻密で詳細が露わになる丁寧な文体も特徴的です。

<世 界 観>

実は『風紋』『晩鐘』は連なった作品でありながら、視点も焦点も大きく変更されています。一つの事象に対してこのように多角的にアプローチした世界観は見事です。しかもそれが成功している。『風紋』の成功をひきずっていては名作『晩鐘』は生まれなかったことでしょう。それゆえに、読者に余計に重く哀しい寂寥感を残したのですが。

<オススメ度>

おススメしておいてオススメ度が低いのは何ですが、生半可な気持ちで読むのはやめたほうがよいと思います。読みやすさのところで内容・ボリュームの重厚さを伝えましたが、読後去来する感情はあまり心地よいものではありません。けれども目を背けられないという点でいけば読んで欲しい作品ではあります。