【『ハツカネズミと人間』スタインベック】を薦める

読書のススメ(5分で読めるよ)

これは私が若い頃(中学生だったかな)に読んだ作品です。父親が読んでいたのですが、厳格で堅物だった(その時はそう見えていた)父が読み終えて涙を流しているのを見て衝撃を受けたのを覚えています。この父親を泣かせるなんて一体どんな物語なんだろうと自分も手に取りました。そして読後、私も同じように・・・泣きはしませんでしたが、それは私が幼く涙を流すことができなかっただけで、心は大泣きしていました。というより、泣けない分、心に残された寂寥感が半端なかったです。“寂寥感”なんて難しい言葉、この作品とともに覚えたんじゃないかな。今でも “寂寥感”=『ハツカネズミと人間』 は変わりません。

さてこの物語は二人の男の友情物語でもあります。小柄なジョージは聡く面倒見のいい男、大柄なレニーは力が強いが少し頭が弱い(おそらく知的障害を指している)。二人には夢がありました。お金を貯めて農場を持つという夢。そしてウサギを飼うのです。しかしジョージは実際にはその夢が叶うものでないことも知っています。それでもレニーと語り合うのはこの夢の事、それが二人にとってとても幸せな時間だったのです。

二人が得た新しい働き口で様々な人間と出会います。ひと味もふた味もある人間たちとそれなりに日々を過ごす二人でしたが、物語はひょんなことから急展開を見せます。多額の貯金を持つ孤独な老人が二人の夢に参加させてくれというではありませんか。こうして夢は一気に現実のものと変わっていくのです。時を待つだけで彼らの夢は叶えられたはずなのですが・・・。

結末はなんとなく予想がつきそうでもありますが、どうなっていくかは触れません。その中で私が深く感じ入ったことは夢の立ち位置です。夢がどの距離にあるかで人の人生は大きく変わります。いや、人生が変わるのではありません、おそらく人の捉え方がかわるのではないでしょうか。上手く言えませんが、全く違うシチュエーションで言い表してみましょう。

たとえばサッカーの試合。直前まで1-0で勝っていた試合で最後に追いつかれて同点引き分けとなった場合と直前まで0-1で負けていた試合で最後に追いついて同点引き分けになった場合では気持ちが変わるような感覚を覚えます。これはあまりに簡略化しすぎですが、言いたいのは同じ事象でも感情は大きく左右されてしまうということです。この作品ではその究極の形が出てきます。もしかすると物語の序盤こそが幸せの形だったのかもしれません。しかし人の人生(物語)は進んでいきます。その流れを止めることなどできないのです。成功も失敗も上昇も下降も当事者にはどうすることもできない流れがあるように思います。この作品はその流れを深層心理に訴えかけてくれるような気がします。そしてそのような考察を素人がたれてしまうほど、この作品は深いのです。これって小説としてはやはり大成功で作者の力量が推し量られるということではないでしょうか。

しかしながらこの作品の真髄はそれ全てではありません。結局のところジョージとレニーの友情物語だと思うのです。序盤はレニーにとってジョージが居ないと生きていけないように思えるのですが、読後はなぜか、ジョージにとってこそレニーが必要だったのではないかと思えるのです。結末の一文を読むとそう確信させられてしまいます。本屋大賞を獲得した凪良ゆうさんの『流浪の月』において真実は当事者間でしかわからないという事を思い知らされましたが、ある意味この二人の関係もそうであると言えましょう。一見ジョージによる支配、憐憫、利用との声も聞こえてきそうですが、この作品にそのような感想はほとんど聞こえてきません。多くの読者が2人の関係を温かく見守っていることの現れのようで、それが私にはとても嬉しかったりするのです。

この記事、書きながら寂寥感が募りまた涙がホロリこぼれてしまいました。

レビュー

<読みやすさ>

比較的読みやすいと言えるでしょう。この時代の海外作品は時代背景や海外事情などを理解しなければならないため読みづらいものが多いのですが、短編ということもありそれほど苦になりません。また展開が早いため、あっという間に読めてしまうと思います。

<面 白 さ>

抑揚が効いており退屈しない展開です。またキャラクターに味があり物語として軸があるため、停滞しない流れを作れています。そして何より自らを登場人物に置き換えて考えやすく、ある種の参画意識をもって読む事ができるので楽しめるのではないでしょうか。

<上 手 さ>

よくこれだけの内容をコンパクトに詰め込んだなあと感心させられます。長編にすることも出来たはずですが、あえて短い作品にすることで逆にインパクトや余韻を大きくしているあたり見事です。こういった作品作りができる作家さんはあまりいないと思っています。

<世 界 観>

繰り広げられる舞台は大きくありませんが、二人の夢は大きいです。そしてテーマは重いです。また人間が持つ感情の取り扱いが深いです。読者の胸の中に広がる寂寥感などを考えると世界観は大きいということになるでしょうし、長く心に刻まれることでしょう。

<オススメ度>

ハッピーエンドを求める方には薦められませんが、作品そのものは諸手をあげてオススメできる作品です。やるせなく、切なく、もの悲しく、どうしようもない思いにかられてしまうかもしれませんが、それこそが人生のような気もします。こういう部分を切り取った作品こそが小説として秀逸なのではないでしょうか。