【『とんび』重松清】を薦める

2021年9月6日

読書のススメ(5分で読めるよ)







重松さんの作品はある意味、年を重ねた方々の「あるある」なのではないでしょうか。私にも青春時代があり、今や忘れてしまった過去の記憶でも、重松作品を読んでいて、ふと思い出すことがあります。そしてその記憶は、良いものも悪いものも楽しいものも辛いものも、全て「懐かしさ」へと昇華し自分の糧となっていることを確認させてくれるのです。まさにノスタルジーのスペシャリストと言えましょう。

初期の重松作品は、小学生や中学生の頃のいじめなどを取り扱っているものもあり、心に痛かったのですが、次第に家族の絆や繋がりに焦点をあてた切なくも温かい作品が多くなり、刊行される度に読んでいました。『流星ワゴン』や『その日の前に』など、思いつくだけでも名作が次々に思い浮かびます。

その中でも『とんび』『かあちゃん』は私にとっても特別な作品です。恥ずかしながら、若い頃は両親との折り合いがよくなく(両親は深い愛情をもって私を育ててくれてはいたのですが)、反発して家出をし姿を眩ましたこともありました。半年経って、妹の仲介や両親の許しもあって、家庭に戻ってきてからも居心地の悪さは拭えませんでした。結婚して子供ができて、人の親になってからわかった親の愛情。感謝してもしきれない気持ちが出た頃には、もう、気恥ずかしくなって、どう感謝を伝えればよいかわからなくなっていました。

そんなときに出会った作品が『とんび』でした。父と子の熱い絆を描くこの物語は決して一筋縄ではいかず、すれ違い、いがみ合い、離れながら、次第に大切なものを培っていく感動の作品でした。読後、私は『とんび』を何も言わず父に送りました。もともと私と同じく読書家の父でしたから、必ず読んでくれるだろうと思ったからです。けれども、それを読んで父がどう思うのか、私の感謝の気持ちが伝わるのかはわかりませんでした。

そして数ヶ月が経ったあるとき、父から何かが送られてきました。それはドラマ化された『とんび』のDVDだったのです。これを見て私は父が私の思いを受け取ってくれたことを確信しました。言葉にせずとも重松作品を通して、私たちはわかり合えたのです。一年後、今度は母との絆を描く『かあちゃん』が世に出され、私は読了後、迷わず母にこの作品を送りました。今ではわだかまりもなく、絆を感じられる親子になれましたが、この礎として重松作品があるのです。

それでは『とんび』のざっくりしたあらすじと本編の魅力だけお伝えしておきましょう。

主人公ヤスはがさつで不器用で昔気質な熱い男です。今時こんな人間いないのではないかと思われるかもしれませんし、実際表面的にはいないかもしれませんね。けれども読んでいただければこういった男はたくさんいるような気がします。形を変えて今も必ずいると私は信じています。このヤスに聖人のような奥さんの美佐子さんがあらわれ、二人は結ばれます。不器用な男に何故か寄り添ってくれる、よくできた女性、この構図も意外とあるのかもしれませんね。そして生まれた二人の宝物、長男アキラ。この宝をヤスが溺愛しないわけがありません。けれども突如起きてしまった悲しい事故。このネタバレは多くのあらすじで明らかになっているので、あえてここまで書いておきますね。美佐子さんはアキラを守るために亡くなってしまうのです。そこからヤスとアキラの物語が始まるのです。母親の居ないアキラを精一杯の自分の愛で包もうとするヤス。しかし親の愛を受けてこなかったヤスは愛し方に悩みます。実際、ねじまがりもします。しかしながら、ヤスをとりまく登場人物たちが一緒になってアキラを育てていくのです。この壮大なヒューマンドラマをぜひご自身で読んで見守っていただきたいと思います。

余談となりますが、この作品は連続ドラマとしても映像化されました。そこで野村宏伸さんがヤスの幼馴染の照雲さんを演じるのですが、ここにも涙なしでは聞けないドラマがあったのです。『教師ビンビン物語』で一躍スターダムにのしあがったものの、その後坂道を下るように日の当たらない場所へと転落してしまった野村さん。彼の復活劇がこのドラマにおいてなされたというのもとても感慨深いものがあります。

 

レビュー

<読みやすさ>

重松清さんの作品はどれも読みやすいのですが、これも例にもれず読みやすいです。というより、読むのをやめることが難しいくらいです。大きな事件等で読み手をひきつけるのではなく、淡々とひきつけるその文体に高い能力を感じずにはおれません。また文中に多くの名言が散らばっているため目を離せなくなるのです。

<面 白 さ>

人間ドラマという点ではトップクラスの面白さを誇ります。この世の中で何が面白いかって人間同士のつながりではないでしょうか。それが家族となるとなおされですし、こんな不器用な人間を描くと余計に惹きつけられてしまいます。いつも言うように“面白い”という言葉がどうかとは思いますが、夢中になれるし、大切な作品になることでしょう。

<上 手 さ>

日常的な場面を切り取るだけでなく、微妙でデリケートな心情描写を見事に映し出し、それでいて余計な部分が全くみられません。そういう点では完璧な小説なのでしょう。読みやすさのところでも書きましたが、大きな出来事を必要とせず、心の動きだけで読み手をいざなう手法は、家族小説を書き続けてきた重松さんの集大成とも言えるクオリティでした。

<世 界 観>

これは壮大というしかないでしょう。大河小説、青春小説というのはだからこそ大きいのだと証明してくれました。もちろん主軸は親と子でしかありません。けれどもこの作品に描かれたその二人の結びつきは海より空より宇宙より広いのではないでしょうか。『とんび』というタイトルからも大きな空をイメージでき、作品の持つ大きさを暗示しているかのようです。

<オススメ度>

私のつけている年間ランキングの1位をとったわけではありません。けれども誰かにオススメするという点や、親子の関係に悩んでいる人にオススメするという点においては年間どころか人生におけるオススメ本として上位に来る作品です。私個人においても親子関係の修復を果たしてくれた作品です。オススメできない理由がありません。