【ボッティチェリ】を褒める

2021年10月3日

《線に対する感覚を磨いた神話画のスペシャリスト》

ボッティチェリの代表作は『ヴィーナスの誕生』と『プリマヴェラ(春)』で決まりでしょう。美術の教科書や音楽の本の表紙、様々なグッズなどに使用され、令和のこの時代になっても多くの人々の目に飛び込んできます。しかしながら、彼の晩年は当時の人々から時代遅れの画家として軽んじられ、忘れ去られた画家となってしまったことをご存知でしょうか。

ルネサンス中期、ボッティチェリは一気にその名声を高めます。得意としたのは神話画で、作品に出てくる神々はどこかしら憂いをたたえており、その類いまれなる優美な作品は、時の隆盛を誇っていたメディチ家の目に留まります。こうしてボッティチェリはフィレンツェで最も注文の多い画家の一人となり、システィナ礼拝堂を飾る芸術家の一人にまで登り詰めたのでした。

私はボッティチェリのくっきりとした作風に惹かれました。当時からしっかりとした線を引き、その姿かたちを明確に浮かび上がらせた画法には定評があり、誰もが神秘的で優美な作品に心奪われることでしょう。
「その作品は力強い雰囲気があり、最善の判断力と完璧なプロポーションで処理がなされている」とまで評されたボッティチェリの作品は、この時代にライバルは無く、工房に多くの注文と多くの弟子を集めることになりました。

ボッティチェリは神話や古典的主題に果敢に挑みました。もともとの物語や逸話に自分なりの解釈を加えるだけでなく、いくつかの問いかけを見る側に任せることによって、多くの解釈を可能とするだけでなく、世間に論議を巻き起こしたのです。ちなみに『プリマヴェラ(春)』は、「ヴィーナスは三美神によって花で飾られる」とされたため、登場人物は作品左から、メルクリウス(神々の使い)、三美神、ヴィーナス、フローラ(花の女神)、クロリス(フローラの妖精)、ゼフュロス(フローラの夫)とされたようです。

私の高校の頃の話なのですが、あまりにボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』が好きだった私に、絵心のある4人の友人が登場する4人の神々を一人ずつ私のノートに書いてくれ、合作として完成させてくれたことは生涯忘れられない思い出です。

しかしフランスの侵攻によりフィレンツェがその勢いを失うとともにボッティチェリの運命も暗転することになりました。注文は目に見えて減っていったのです。また時代はうつりかわり、線を強調する画法は飽きられ、ダヴィンチやミケランジェロのものとなったのです。ボッティチェリは残念ながら新しいアプローチに移行できませんでした。すなわち神話世界に固執し、ダヴィンチの透視図法や解剖学の観点や、ミケランジェロの写実性を共有できず、彼の作品は古くささが目だってしまったのです。感情の起伏も激しく、新時代を受け入れられなかった結果、ボッティチェリは時代遅れの画家として晩年を迎え、いつしか彼の存在は忘れられてしまったのです。こうして稀代の神話画家の名は時代とともに葬られてしまったのでした。

その後、数世紀の後にラファエル前派の画家たちによって再発見されたのは幸いでした。けれども私はたとえこの時代に再発見されていなくても、これほどの作品を残したボッティチェリが時代に沈むとは到底思えないのです。きっとどこかでボッティチェリの再評価はなされていたことでしょう。

おすすめ10選

『ヴィーナスの誕生』
『プリマヴェラ(春)』
『マルスとヴィーナス』
『受胎告知』
『書物の聖母』
『神秘の降誕』
『誹謗の寓意』
『マグニフィカトの聖母』
『哀悼』
『反逆者たちの懲罰』