【伊藤若冲】を褒める

2021年10月3日

《細やかで鮮やかな手法を持つ日本最初の前衛画家》

直木賞作家となった澤田瞳子さんの『若冲』という小説に出会ったのは2015年のことでした。それまで、あまり興味の持てなかった伊藤若冲に惚れ込むきっかけとなった作品でもあります。そこには、若冲を取り巻く多くの人間が登場して、彼の人生を彩ります。池大雅、円山応挙、与謝蕪村、市川君圭らのライバル画家たちとの関係もあり、若冲の絵は当初思いもしなかった方向へと進み出しました。

私はそんな若冲の人生の変化や作風の変化、そしてその信念を褒め称えたいと同時に、彼の作品の特徴そして何より彼の旺盛な創作活動を褒めないわけにはいきません。

もともと当代の最高峰と言われた狩野派に学びつつも、古典に興味を持った宋元画を1000本も模写したと言われており、狩野派に対して失礼なことをしたとかしなかったとか。こうして古い作品も当時の作品も学びとった若冲ですが、いったんは家業である青物問屋を継いだようです。

しかしながら創作意欲がおさまらない若冲は弟に家督を渡して画家に専念することにします。若き頃はこの劇場的な部分が作品にも影響したようですね。華麗でリアルな色彩は当時としては狂気的でもあり、なんとその細かすぎる描写は当時としては“前衛的でマニアック”だったのではないでしょうか。これは日本最初の前衛芸術家と言ってもよいのではないでしょうか。いつでもどこでも、鋭すぎる感性を持った輝く才能は、時代を先駆けて新しい芸術を生み出すものなのですね(^_^;)

そんな若冲の作品をしっかり見てみると、時代を経た私たちからすると、前衛的というイメージはありません。むしろ丁寧で対象に忠実な作風が印象的です。よくぞ、ここまで描ききったものだと多くの鑑賞者の心をとらえるのです。

色彩には目も覚める原色を使い、驚くほど細かな細部はあたかも顕微鏡を使ったかのようなきめ細かさ。あまりにリアルすぎてむしろ不気味さえ漂っています
花びらや鳥の羽の描写は他の追随を許さず、現在若冲か高い評価を受けているのも頷けます。『老松白鳳図』の鮮やかすぎる白さやレース柄を思わせる羽の描写。尾の先のハート型の紋様に彩られた緑と赤はユーモアさえ感じます。さらには『南天雄鶏図』の赤と黒への挑戦はルノワールのそれを思わせ、『白象群獣図』での点描についてはスーラが挑んだ世界そのものです。結果として、写実から離れざるを得ず評価に繋がらなかったことも彼の前衛性を示しているのではないでしょうか。

若い頃は溢れんばかりの情熱が時として苛立ちに繋がったり、葛藤を生み出したとされる若冲てすが、年齢を重ねると共に心の平安を身につけ、悩みから解放された自由闊達な作品を描き続けたようにも思えます。そんな中、天明の大火によって図らずも画質を追われることになった若冲は落胆することなく、逆に精力的な活動を見せます。彼の激情は心の奥には宿り続けていたのですね。最後の大作『仙人掌(さぼてん)軍鶏図襖』では、若き日の若冲を思いだすかのように様々なポーズの鶏を描き出し、最後の輝きを見せたのでした。

彼は水墨画、拓版画にも手を拡げており、その分野でも数々の試みを繰り返しており、その飽くなき挑戦心に私は惜しみ無い賛辞を送りたいと思います。

おすすめ5選

『雪中錦鶏図』
『南天雄鶏図』
『老松白鳳図』
『仙人掌群鶏図襖』
『伏見人形図』