【ゴッホ】を褒める

2022年6月14日

《壮絶な生涯(障害)を作品に投影したエゴイスト》

ゴッホを知らない方はほとんどいないのではないでしょうか。絵画に精通していない方でも、幼い頃からこの名前を耳にし、一度は彼の絵も美術の授業はもちろん、生活の中で目にしてきているはずです。そして、その独特で他の画家にはない強烈な画風は心に刻まれたはずです。同じく知名度の高さでは、ゴッホと並ぶであろうピカソもまた、その強烈な個性を作品に残し大成功をおさめています。しかしながら、ゴッホは成功はおろか、普通の生活もままならず、その激しすぎる性格ゆえに多くの友人を失い、最後は自ら生命を断ってしまうという悲しい生涯を送っているのです。

しかしながら、その人生について詳しく紐解くことも、その是非を問うこともここではいたしません。私は単純にゴッホの描いた作品を褒めたいと思っています。そして、彼の真意がどうあれ、後世に残してくれた彼の多くの作品を多くの方に知ってもらいたいと思っています。またいまや現代病とも言えるメンタル疾患、ゴッホは躁鬱病であったと伝えられており、そのことが如実に作風にあらわれていることも見逃せません。

おそらく一番有名かつ最も価値がある作品は『ひまわり』でしょう。鮮やかというより、こってりとした印象の黄色が目に飛び込んできます。こちらはオランダやパリといった芸術の拠点となっていた都市で、つまはじきにされ心蝕まれたゴッホが、希望を抱いて友人であるゴーギャンとともに移り住んだアルルで描いた作品です。嬉しいことにパリ時代に日本に興味を持ったゴッホが、日本における友情を示す“黄色”を追い求めて、行き着いた地がアルルということらしいですね。日本との因縁は浅からぬものであったようです。この地でゴッホの心は回復したように見えたのですが、それは今で言うところの躁状態であり、意欲が傲慢、頑固へと繋がった彼の言動と行動で、ゴーギャンとの関係に亀裂が入ってしまいました。彼の我儘な性格は手がつけられなくなっており、おそるべきエゴイストになってしまったのです。

とは言え、この時代のゴッホの作品には、その黄色を基調とした名作が数多く生まれており、自然豊かな風景の描写は我々日本人の心をとらえて離さないのです。「アルルの跳ね橋」に見られる穏やかな風景は、後年彼の狂気を映し出すことになった“渦”の描写が、ここではむしろ水面に広がる波紋を美しく表現しています。また敬愛するミレー(ゴッホはマネのタッチよりミレーのタッチの秀逸さを絶賛していた)の「種まく人」を習って同タイトルの作品を残したのもこの時代で、色彩を多く使わず黄色をベースに完成させているのです。そして、私がもっとも好きなゴッホの作品「夕べのカフェテラス」では、夜のカフェの明るい灯りをまっすぐな黄色で表現し、夜空の紺色との見事な対比で、アクセントをつけています。彼の得意とする黄色の集大成とも言える作品ではないでしょうか。

しかしながら、前述のゴーギャンとの衝突の後、自らの耳をそぎおとすという奇行を経て、サンレミに移り住むことになります。ここから彼の鬱状態は悪化し、作品には彼の不安定な心を投影するかの如く、怪しげな渦が不気味に描かれていくのです。しかしながら、この体当たり的とも言える渦まきタッチは皮肉にも芸術性をさらに進化させ、ますます他の追随を許さない作風へと突き進んでいくことになるのです。

「星月夜」という作品は夜空におどろおどろしい渦が作品中央に鎮座しています。幼児であればトラウマレベルです(笑)。「モチモチの木」の版画絵に通ずる何ともいえない不気味さが、この作品を包んでいるのです。また「オーヴェールの教会」には渦は無いものの建物全体が大きなうねりをもって描かれているのです。明らかにゴッホの不安定な心の歪みが、このうねりに表されているようです。しかし、この歪みこそが作品の持つ大いなる存在感へとつながり、作品としての力強さに繋がっているのです。見るものを強烈に惹き付けて離さないゴッホの作品。それはまるで彼の執念ともいえる狂気的なまでの作品への激情がもたらした奇跡なのかもしれません。

2017年、原田マハさんの「たゆたえども沈まず」が刊行されゴッホの生涯が描かれていました。これを読んで、あらためてゴッホの激情が伝わってくるように思え、あらためてゴッホの作品を味わい深く鑑賞しています。さらには先日ゴーギャンとの関係を作品にした「リボルバー」が刊行されましたので、過去の記事ではありましたが、このように再度、ブログ記事として再掲することになりました。

最近の残念なことの一つに、コロナの影響で予定していたゴッホ展が中止になったことがあります。彼の生き様が作品に投影されているからこそ、その人生に興味を持ち、作品の価値が幾倍にも高まっているのだと思います。

 

おすすめ10選

『夕べのカフェテラス』

 

『星月夜』

 

『囚人の散歩』

 

『オーヴェールの教会』

 

『タンギー爺さん』

 

『馬鈴薯を食べる人たち』

 

『耳を切ってパイプをくわえる自画像』

 

『自画像』(サンレミ時代)

 

『種巻く人』

 

『アルルの跳ね橋』

 

その他の作品(大塚国際美術館より)

『ひまわり』

『ガシェ博士の肖像』

『ローヌ川の星月夜』

『アルルのゴッホの部屋』

『麦わら帽子の自画像』