【アングル】を褒める

<理想美を独自の世界観で追求した矛盾含みの新古典主義の旗手>

アングルという画家は不思議ですね。何が不思議って?それがね、色々不思議なんです(^_^;)

アングルの絵を見ると多くの人が「美しい絵」「わかりやすい絵」「写実的で写真のよう」なんて声があがってきそうですし、好きだと言われる方もたくさんいそうです。少し絵画に通じている方はサロン画として好評を博したのではないかと思うくらいです。けれども、そう簡単な話ではないんですよね。そしてその複雑な事情の中にアングルを褒めたい部分がたくさん出てくるので、そのあたりを中心に今回の褒め記事を書いてみようと思います。

簡単にアングルの紹介をば。アングルは新古典主義に属する画家でナポレオンの絵で有名なダヴィッドのお弟子さんです。ラファエロが大好きで(あ~、なんとなくわかりますねw)、実は同時代のロマン主義の画家ドラクロワとはライバル関係にあります(というか犬猿の仲、ダヴィンチとミケランジェロみたいな感じかな)。

彼は若い頃からたくさんの賞を総なめにするなど恵まれた船出をしています。ダヴィッドの影響でナポレオンの肖像も描き、政府関連の仕事も多く手がけます。けれども、その一方で作風にはケチがつくことも多く、「野暮ったい」「奇妙」「弱い」などといまいち殻を破りきれないでいたようです。ここからがアングルの素晴らしいところなのですが、彼は巨匠の研究・模写に励みます。特に敬愛するラファエロの作品を事細かに探求し、新古典主義の旗手としての礎を作り上げるのです。次第に技法を学び取り自身のものにしていくアングル。世間の評価を努力で覆そうとする立派な若者だったのですね。

しかしながらナポレオンが敗走し凋落が始まると、アングルの仕事もなくなり彼は一気に貧しい生活へと転落してしまうのでした。ここで彼はこの逆境に対しても、腐ることなく観光者のスケッチ(アングルは下賤な仕事と振り返っている)を続けるなどして雌伏の時を過ごしたのです。しかしながらサロンでは不評、批判にさらされます。冒頭でサロンには受けが良さそうな絵だったのにです。その理由は彼の代表作『グランド・オダリスク』がわかりやすいでしょう。ルーヴル美術館において『モナ・リザ』と並んで二大美女として取り上げられるこの作品ですが、よおっく見るとおかしいことに気づきます。背中、歪みすぎです。腕、長過ぎです。お尻、大きすぎです。足、短すぎです。本当にパーツに焦点をあてて見てみると“奇妙”なのです。それでも一見、美しいとしか思えないこの作品は後述しますが、アングルの確信犯でもありました。ただそれがすぐに受け入れられたわけではなく、このように批判を浴び続けていたのでした。しかしこんな中でアングルはよく絵を描き続け、自身の技法を信じ続けたと感心させられます。ここ、褒めポイントとさせてください。

しかしある時のサロンで形勢が変わります。ロマン主義の代表ドラクロワが『キオス島の虐殺』を発表し、新古典主義のアングルが『ルイ13世の誓願』を発表したため、奇しくも“ロマン主義”vs“新古典主義”の対決の様相をなしたこの展覧会において、なんとアングルは勝利するのでした。ロマン主義に対する反発が背景にあったとはいえ、ここにおいてアングルの努力が形となって実ったのは感慨深いものがあります。そしてこの後アングルのもとには弟子が100名以上集まったというから驚きですね。

さて彼の技法について着目してみましょう。彼は名前を文字って“アングリ(灰色)”と揶揄されたのですが、これはドラクロワに対して色彩がつまらないことを指摘されたものでした。けれどもこの批判は皮肉にもアングルの重視していた姿勢を言い当てており真実でもあったから面白いです。すなわちアングルは色彩よりデッサンに力を入れていたのですから。そしてそのデッサン力は後年の『トルコ風呂』『泉』などのヌードにおいて花開き、体の形を理解した作品に繋がっていくのでした。けれどもここに面白い矛盾が生じます。それは、デッサンを重視し理想を追い求めた結果、下書きにおける完璧なフォルムは完成段階においては大きな歪みを伴ってしまうのです。アングルはパーツにおける美を探求する中で二次元三次元の壁とたたかい、結果としてその比率を動かしてしまうのです。これは結果として大成功をおさめます、“エレガントな歪曲”“意図的な歪曲”は見るものを魅了し、作品の持つ力を最大限引き出すことになったのです。写実主義を貫きつつも写真家(写真)を嫌ったアングルらしい技法ですね。最終的に新古典主義という過去の巨匠らの作品をリスペクトし追求した“構成・構図の調和”は、アングル自身のクセや感覚に集約されることになったのでした。だとするならロマン主義と一緒じゃないかという気もしますが(^_^;)

でもね侮れないんですよ。美術史ではこのアングルのクセや感覚はフォービズムやキュビズムの原点になっているという見方もあるくらいですから。もしそう考えるとなると、アングルのあの美しく調和のとれた作品がマティスやピカソらの作品へと繋がっていることになるのですから、とても面白いですよね。

おすすめ10選

『ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像』
『グランド・オダリスク』
『泉』
『アンジェリカを救出するルッジェーロ』
『ホメロス礼賛』
『オシアンの夢』
『ヴァルパンソンの浴女』
『第一執政官時代のナポレオン・ボナパルト』
『トルコ風呂』
『ユピテルとテティス』