【『土漠の花』月村了衛】を薦める

読書のススメ(2分で読めるよ)

最近の作家さんで大作を期待できる方と言えば月村了衛さんが真っ先にあがります。今作も期待を持って手に取り、その期待に違わぬ満足感でその年の年間ランキング1位とした作品です。月村さんはハードボイルドを書かせたら大沢在昌さん、ノワールを書かせたら馳星周さん、新堂冬樹さん、争いものを書かせたら高野和明さん、その硬質感は福井晴敏さん、こういった名手の良いところを集めたような印象さえ持っています。この『土漠の花』は高野さんの『ジェノサイド』とも良く似ていますので、『ジェノサイド』が面白かった方は特に楽しめると思います。物語はソマリアの民族紛争に日本の自衛隊が巻き込まれていくというものですが、そこには様々な葛藤が見え隠れします。民族紛争から逃れてきた女性を保護してしまったがために巻き起こる殺戮。どうしようもない極限状態の中で一人の男が敢然と立ち向かうという話です。民族紛争に馴染みのない我々日本人からすると少し感覚のズレを感じてしまいますね。命の価値が違うというか、民族や思想との優先順位が違うというか、それがまずポイントにもなります。一方の自衛隊にだって戸惑いが出てきます。法律的解釈を念頭に置きながら、行動に制限をかけ、それこをこれまた命と優先順位の駆け引きを取らざるを得ない状況に追い込まれます。そして文面に単純に追い込まれると書きましたが、間違いは即、命を失うことを意味するのです。もちろん時間的猶予だってありません。次々と人が殺されていく戦場。正論を述べている間に、命を奪われてしまうという極限状態の中で、彼らは決断を迫られます。壮絶な環境の中で、彼らは武器を持って戦ってはいますが、本当の戦いはそういった頭の中での選択という戦いを強いられているのでした。そしてそこにもやはり人間関係は当然のようにあるわけで。それがなかなか思うようにいきません。隊員同士の確執や友情、守るべき命、そして愛する気持ちなど。それらを常に死と隣り合わせで守っていくために彼らは時に自己中心的になったり、犠牲を払ったり、何かを失ったりあきらめたり、あきらめず守ったりと極限状態での強さの美を見せつけます。だからと言って普段の弱さが美しくないわけでもないのです。この強さの美と弱さの美のコントラストも、人間の愛すべき一面だと教えられるのです。決意の重さを改めて感じる大作でありながら、読後の清涼感がとても心地よかったのも印象的でした。

レビュー

<読みやすさ>

戦争ものの大作と言うことで読みやすいという印象にまでは至りませんが、一気読みのできる作品だと思います。また100ページも読めば読みづらさは全く感じなくなることでしょう。壮絶で息苦しくなるような描写の中にも人間同士の交流が描かれており、読み手の興味をうまく誘いながら物語が進みます。

<面 白 さ>

何を面白いと感じるかどうかですが、大河ドラマや歴史的名作映画のような感銘を受けるのではないでしょうか。そのことを私は面白いと思っています。また読み手によって面白いと思えるポイントがそれぞれ違うとは思うのですが、逆に言うとそのポイントが多く散りばめられているとも思います。

<上 手 さ>

月村作品はどれも重苦しいテーマを負担をかけずに読者に読ませるという特徴があります。今作でもそれは際立っていました。また戦場の壮絶な描写は見事ですし、それぞれの深層心理や葛藤を見事に表現できていると思います。テーマの取り扱い方にも細心の注意が払わており、上手いと言える作品ではないでしょうか。

<世 界 観>

戦争ものは、えてして迫力ある世界観になりがちですし、世界観を大きく見せやすいジャンルだと思います。ただ今作ではかなりフォーカスされた舞台を切り取っていながらの、この大きな世界観なので評価はより高めとなります。また現場の世界観とは別に、思考の世界観も含めるとするならかなり大きな世界の構築がなされていると言えるでしょう。

<オススメ度>

個人的にはとてもおすすめなのですが賛否が分かれているのも事実です。私は世間の評価がなかなか厳しいなと思っているクチですが、たしかにあまりに究極の選択を迫られているようで困ってしまうかもしれません。それでも単純に読み物として面白いと思えますし大作であることは間違いありません。私はオススメするのに躊躇しません。