【クラーナハ】を褒める

<独特のフォルムで無機質なエロティシズムを追求した速筆の画家>

クラーナハの絵ほど不思議なインパクトを与えてくれたものはありません。最初に見たときは「気持ち悪い」でした。けれども妙に頭に残り、怖いもの見たさでクラーナハの作品をたくさん見たのですが、それでもやっぱり「変な絵だなあ」としか思えませんでした。にも関わらず時が経って、色々な画家さんの作品を見たり、様々な美術館や展覧会に行くようになってからも、クラーナハの絵のインパクトが頭から離れなかったのは一体どういうことでしょう。再びクラーナハについて見つめなおすと、「そうそう、これこれ」と、懐かしさと安心した気持ちになれたのは何故でしょう。これってクラーナハに魅了されているってことですよね。頭を小さく描き、乳首は小さく尖っているかのよう、長すぎる胴に、折れそうに細く長い脚、容姿にしてもパーツを取り上げてみると奇異な形が多いのです。古典的な美の理想をしりぞけ彼独特の官能的なフォルムでエロティシズムを追求したのですが、その試みは成功していると言わざるを得ません。裸体を多く描いたクラーナハですが、無機質で不気味なその作品に一般的な美しさを感じることはあまりありません。けれども心に深く刻まれ記憶に残ることでしょうね。ルネサンス期において一際異彩を放ち、この時代を代表する画家となったクラーナハを褒めていこうではありませんか。

そもそもクラーナハという名前ですが、これは彼の出生地クローナハからとられたもので、本名はルーカス・マーラーでした。父親のハンスも画家、わらにクラーナハの子供がそれぞれルーカスとハンスですから、ブリューゲルのように誰が誰やねん状態。時にクラーナハ(父)という表記もされますが、ブリューゲル一族と違って、有名な作品を残しているのはクラーナハだけですから混同されることはないでしょう。最初、父の工房で手伝いをしていたクラーナハですから若い頃の彼の作品はほとんど残っていないようです。30歳になるまで彼の作品が無いのですが、30歳というと同時期のデューラーなどはすっかり世に知られていた存在でしたから、ここで大きな差がついていることになります。が、褒めるべきポイントは実はここにあるのです。クラーナハを語る上で欠かせないのが、おびただしい数の作品を残したということです。数を調べたのですが、調べきれませんでした(知っている人がいたら教えてくださいね)。ピカソもおびただしい数の作品を残していますが、彼は若い頃から多くの作品を世に送り出していた上、92歳という長寿でしたので活動期間は約80年近くありました。クラーナハも80歳という長寿ではありましたが作品を出せた期間は40年程度ですから、倍近く違うわけです。しかもクラーナハは模倣や模索が一つもないと言われるくらい様々な作品を描き分け「速筆の画家」として有名になったのです。私が名付けたわけではないですよ。なんと彼の墓碑にそう刻まれているんです。これって凄いことだと思いませんか。近代のようにしっかりと管理することさえ難しかった時代ですから、その功績は今想像できる以上のものだったかもしれません。

さらに凄いことに、模倣模索はないと述べましたが、実は同じテーマで違った作品を多く残しているということについてもクラーナハは特異でした。他の画家さんだとせいぜい肖像画や自画像が多く残っているくらいですが、クラーナハは「ルクレツィア」「アダムとイヴ」「ユディト」など同一テーマを別角度からアプローチしているのです。「ルクレツィア」に至っては同一構図のものも含めれば実に98点。それだけでフェルメールの現存する作品数をはるかにこえてしまいます。ちなみに私が冒頭で最初に見たと書いた作品も「ルクレツィア」ですが、「どのルクレツィアやねん」って話ですよw だからおすすめ10選にて画像貼っときます。「ユディト」も数年前に開かれたクラーナハ展のフライヤーを貼っときますね。

最後にもう一つ褒めネタを。彼は宗教改革で有名なマルティン・ルターと親交を結び、これまた多くの肖像画を描いています。私たちが社会の教科書で目にしたルターの肖像画はほとんどがクラーナハの作品だと思います。けれどもクラーナハは肖像画は描けどもルターの思想に縛られることなく、変わらずカトリック教会からの仕事も請け負い、テーマについては従来の解釈で描くなど、創作活動と思想に一線を画しています。現代社会でも政教分離、思想と企業活動の分離など、分けるべきものは分けなければならないとされていますが、クラーナハはそのことを自身の中で悟り実践できていたのですね。

そうそう、『エジプトへの逃避途上の休息』の女性、YOUさんに似ていませんか。

 

おすすめ10選

(画像は大塚国際美術館の陶板、国立西洋美術館フライヤー、アサヒグラフより)

『ルクレツィア』

『マルティン・ルターの肖像』

『ホロフェルネスの首を持つユディト』

『ヴィーナスに訴えるキューピッド』

『エデンの園』

『パリスの審判』

『葡萄の聖母』

『ケーキを持つ聖母子』

『ヴィーナスと蜂蜜を盗むキューピッド』

『泉のニンフ』