【『氷点』三浦綾子】を薦める

読書のススメ(5分で読めるよ)







三浦綾子さんの代表作で何度も映像化されている歴史的な名作がこの「氷点」です。比較的若い頃にこの作品を読んだのですが、あまりの人間関係の泥臭さに目を背けたくなるやら背けなくなってくるやら、昼ドラを見るかのような感覚を持ったのを覚えています。しかし、年を重ねて何度か再読を重ねていくうちに、考え方や価値観を動かすきっかけを与えてくれる作品でもあります。一番の愛読書であるトルストイの「復活」では“偽善”“真実の愛”について深く考えさせられましたが、この作品では“醜さ”“罪”“自己中心”といった部分に焦点があてられ、自分の事を省みながら人間というものを見つめ直したように思えます。

昔のホームページに掲載していた私のこの作品に対する書評が次の通りです。

まさに圧巻と言わしめる超大作。人間の罪に焦点をあて苦悩する世界を見事に描ききっている。登場人物に襲いかかる事情というものが無理なくテーマに絡みつき、重厚な課題に対しても適切な事象設定を与えた。展開も流れるようにスムーズで息つく暇を与えない。そして結末は驚愕のラストであると同時に読者に深い感動を与えるものできっちりと締めくくられている。竜頭蛇尾に終わる作品が多い中、この終わり方は特筆モノである。

すでに何度か読んでいたにも関わらず、初読みかのような熱い想いが溢れて書いたのを覚えています。

さて物語のあらすじを少しだけ。

旭川の辻口啓造一家は妻と息子と娘の4人で幸せな家庭を築いていた。しかし妻の夏枝が若い医師の村井と密会中に娘ルリ子を殺されるという不幸に突然見舞われる。その後、精神を病んだ妻のために養女・陽子を迎えるが、何と彼女はルリ子を殺した犯人の娘だった。それは妻の不貞を許せぬ啓造の復讐だったのだ。憎き仇の娘と知って陽子を取り巻く環境は一変する。そして兄である徹もまた、義理の妹である陽子に対して恋心を持つようになる。

とにかくこのあらすじだけでも背筋が凍り付くほどの緊張を生みますが、本編はこんなもんじゃありません。さらに登場人物たちの感情が複雑に交錯し、もうどうにもならないようなもつれを見せていきます。ネタバレはできませんので、私はそれぞれの醜さのポイントだけまとめておこうと思います。

啓造の醜さ:大義名分に隠された、妻を許さず復讐にかられる心

夏枝の醜さ:正しい妻・母の姿の裏にある邪な恋愛感情や自己中心的な心

村井の醜さ:他人の家庭を崩壊させてまでも自らの感情を押し通してしまう心

徹の醜さ:義理とはいえ妹に対して持ってしまう独占的で独善的な心

陽子の醜さ:陽子自身ではなく、生まれながらに人間にあるとされる原罪、罪の心

 

このように書いたものの、文字にしてしまうと陳腐ですね、もう読んじゃって下さい。

 

レビュー

<読みやすさ>

内容的には決して読みやすいものではないのですが、そこは三浦綾子さんの卓越した文章力のおかげで無理なく読み進められます。毎回あっという間に読破してしまいます。もちろんそのストーリーの魅力が読み手にページをめくる手をとめさせないのでしょう。

<面 白 さ>

やはり面白いです。ヒューマンドラマというものはドロドロしていればしているほど面白く感じてしまうのは、人間の哀しい性でしょうか。それほど実は身近で自身にも大きく影響を与えるのかもしれません。また表向きには綺麗さを保っていても、深いところで共感してしまうのか、とても惹きつけられる物語です。

<上 手 さ>

読みやすさのところでもフライングしてしまいましたが三浦綾子さんは文章がとても巧みです。この作品のみならず、重苦しいテーマをものともしない流れるような文体で読み手に負荷を与えません。また一方で薄暗く醜い心情を上手く描くことにも成功しています。

<世 界 観>

こういう世界観は大きいと思うのです。決して舞台や世界そのものは大きくないのですが、“人間”の持つ深層心理を深くまでえぐり、それを複雑に交錯させ読者にあらゆるシチュエーションで究極の選択をせまっている。これは三浦さんの描き出す世界観の広さを示しています。

<オススメ度>

取り扱っているテーマはやや大人向けでしょうか。ある程度、成長した時点で必ず読んで考えて欲しい作品です。また何年かに一度再読するのもオススメです。自身の立場によって感じる世界も変わるでしょうし、視点も変わるでしょう。そして宗教的でありながら、宗教と一線を画した部分で内観できるのがいいですね。